第57話 素敵な日
すると、皐月はお手洗いに行くと言い出して席を外した。俺の後ろを通った時、ほんの僅かだが歩くのを止めていた。きっと優に何かしらのエールを送ったのだろう。目で小さく頷いていたのが顕著だった。
そして、謎に俺の中でその期待値が上がっていった。
俺は少し緊張していた優に、さりげなく話しかける。
「あ、もしかして優も俺にプレゼントをくれるのかい?」
「…………うん」
足元に置いてあったショッパーを持ち、一度それをじっと見つめてから俺にゆっくりと渡してきた。受け取って上から中を覗くと、ブラックでシックな箱とリボンがついた可愛らしい白い箱が一つずつ入っていた。
「ありがとう優。ここで開けていい?」
こくりと二回頷いたのを確認すると、まずはブラックの箱を取り出してみた。
ワクワクしながら開けると、そこには黒革のパスケースが入っていた。それだけではなく、他のカード類も何枚か入りそうだ。パスケースで思い出したが、俺は所謂ICカードを持っていなかったな。しかも最近はスマホを使って改札を通っている人ばかりでもう訳が分からない。
時代を感じるし、着いていけない。
「パスケースか。そういえば、俺は回数券を皐月に渡されてるからⅠCカードの買い方が分からないな」
「じゃ、じゃあ朝になったら一緒に買う?」
「お、なら登校ついで一緒にいこっか」
「う、うん」
電気の点けた部屋では彼女の決まりの悪そうな顔には逃げ場が無く、正面から俺の言葉を受け止めれば少し泣きそうだ。
変なことを言わないように留意しているが、俺としてもどこからがまずいラインなのかは分からない。
だがそれよりも、考えるべきものがある。
この白い箱は何だ?見た感じこれは、女の子にあげるものじゃないのか?
確かに、俺は美人だから女ものを使っていても違和感は全く無いので良いのだが、一体優は何を選んだのだろうか。
「あ、あのね!」
「っん?」
急に声を出した彼女に目を見開いて驚いてしまう。
「わたしさ、なるのこと本当に凄い人だって思っているの……折り紙の皆さんが亡くなった時も、なるは気丈に振舞って平気そうな素振りをしていたし、弱音を吐いている所なんて見たこと無かった」
「ど、どうしたの?」
どこか怖がるようにしている様子に戸惑いつつも優は話すのを止めなかったし、俺も止めることが出来なかった。
「なるがここに来る前に皐月さんに聞いたの。どうしてなるが最近忙しかったのか」
「ああ、そっか。最近一緒に帰れてなかったしな」
バランスを炙り出すために、ここ数日は先輩たちと帰ることが多かった。あいつの考えは大体読めていたための戦術をとっていたため、優との帰宅を拒んでしまっていた。
皐月には報告しているが、優には真相をほとんど話していない。少し話すにはちょうどいい機会だ。
「皐月さんは、色々と戦うためって言っていた。わたしはあの日で全部終わっていたと思っていたけど、違うの?」
「違うよ。今は、冷戦中って感じだね。相手はこっちに何もする気が無いみたい」
「……もしかして、わたしが邪魔しちゃってる?」
「全然。むしろ俺が優の邪魔しちゃってるかも」
「わたしは平気だよ?だって、なるに比べたら大変なことは無いに等しいもん」
「人と大変さを比べたって、何の指標にもならないよ。優には優の、皐月には皐月にとっての大変なことがある。同じ土俵で語る必要は無いさ」
「なるには色々お世話になってるから……」
俯いた顔は力が抜けたみたいに薄く笑った。
これから成長していく優に、何か良いことを言えればよかったのだが俺じゃ難しいな。
恐らくだが、彼女にとって俺は高い所にいるのだろう。周囲の人間と比べなくていいなんて言っても、目に見えて分かる容姿だったり才能だったり、学生なら学力やカーストも。
人目を気にするのは誰であっても同じ。俺が特殊な環境に居過ぎた。
「もしかして、優は俺と釣り合わないとか思ってたりする?」
「っ!」
どうやら図星だったようで、当てた瞬間に虚を突かれたみたいに息を吸った。
それなら、と俺も納得してしまった。優がどうして今その話を切り出したのかを。
何か負い目を感じているのは薄々分かっていたのだが、まさかここに繋がっているとは思いもしなかった。
「多分だけど……誕生日プレゼントを自分のお金で渡せないことに罪悪感を持ってるとか?」
思わず口をぽかーんと開けた優は、それを隠すように手で押さえたのだが全然誤魔化せずにいた。
「……どどどどうしてわかったの?」
「まあね」
自分のお金でプレゼントを買いたいってことか。そんなことする必要は無いのにな。
確かに金銭的な部分では皐月より稼いではいるみたいだし、優が使うお金も全て払ってはいるが彼女はまだ高校生で十五歳だ。お金に関して心配する年齢でもないし、俺とその部分を比べてしまうのはさすがに分が悪い。
だが、それを考えないで生きろなんて急に言われても難しいよな。
そんな時、メリーナが言っていたことを思い出した。笑うのを堪えると、彼女は気持ちがすっきりしていなさそうな表情をした。
「どうした…の?」
「いや、別にそんなこと気にしなくても良いんじゃないかなぁと思ってさ」
「でもっ」
「じゃあこう考えたらどう?『わたしはなるでも出来ないことを成し遂げてあげたのだから、彼が養ってくれるのは普通だ』って」
「……なにそれ」
どうやって生きたらそんな答えが出てくるのか理解出来ていない様子の優は、目だけ上を向いて俺の発言の意図を考え始めた。しかし、それを導き出すことは出来ずにいた。
「サレンダーで」
「そんな言葉どこで覚えた」
「皐月さんが昔言ってたよ」
「どんな状況だよ」
一体どうやったら女子高生からサレンダーが出てくるのだろうか。
もはやそっちの方に興味が行きそうだ。
「でも、出来ないことってなに?なるが出来ないことって本当に何かあるの?」
「出来ないこと?うーん」
考えているフリをしているが答えは出ている。優は冗談で言っていると思っているみたいだが出来ないことの一つや二つはある。
優はそれが出来るみたいで羨ましい。
「犯罪者の人生を諦めないでいてくれるところ」
その後は何も言わなかった。もう十分だと判断したからだ。優も何かを察したようで、ありがとう。と言ったみたいに微笑んだ。
その顔を見て、俺はもう一つのプレゼントを取り出した。
白くて可愛い箱だ。何が入っているのか全く予想付かない。
恐る恐るその箱を開けると、中には可愛らしいイヤリングが入っていた。まるで宇宙がビー玉に閉じ込められたようなデザインだ。神秘的で美しいが、そこは宇宙にとって狭いだろうに。
あとこれ、間違いなくレディースだ。
「イヤリングか………どうしてこれを選んでくれたの?」
「えっとね、似ていたから」
「に、似てる?」
「うん。宇宙っていう魅力的な存在が小さな世界に閉じ込められていたから。なると重ねてみたら似ている部分があって。えっと、それで……」
照れながら言葉を探している彼女をじっと見つめてしまう。
「それで、なるも暗い世界にいたけど、他の何よりも目立っていて、ここにいるよ!って主張しているみたいで誰もが惹きつけられる。だから、それをなるが着けていたら素敵だと思ったの!」
すると突然、机を乗り出した優は俺の顔とぶつかるギリギリまで顔を寄せてきた。急な展開に、さすがの俺もびっくりしてしまい干身を後ろに引いた。
どうやらかなり気持ちが高まっているみたい。
「えっと、嫌だった?」
「どうしてそう思うんだよ。優が俺に初めて買ってくれたプレゼント、嬉しくないわけないだろ?」
本当に、どうしてこんな子に育ってくれたのか。
優しいなんて一言で済ませることは出来そうにない。0センチの心の距離が熱を伝えてくる。この温もりに触れれば頬が緩めてしまう。
「じゃあ、着けよっかな」
心から貰ったイヤリングを外して、彼女からのものを着けてみた。じっとこちらを凝視してくるため、見やすいように後ろで髪を纏めた。
「どう?良く見える?」
「うん。しっかり見えるよ」
「さすが俺、可愛いね。よく似合ってる」
「もう、見えてないでしょ。鏡を持ってこようか?」
「その笑顔でわかるよ」
「でもちゃんと言葉で言わせて。なるに似合ってて、とっても素敵」
「ありがと。忘れられない誕生日になったよ」
「来年も祝わせてね?その時はもっと素敵な誕生日プレゼントを渡せると思うから」
「これよりも?なら、来年のこの日も空けておくよ」
来年もこの場所にいれるなら、喜んで出席させてもらいたい。彼女の願いなら尚更だ。
でも、忘れてはいけない。俺と優は違うことを。
歩んでいく未来は同じではない。俺が願おうと、世界は許してくれない。
刃が俺の首元にあるのなら、折り紙を重ねても勝てない。勝つのは一番失ったものが多い奴。
何を失うかはしっかり考えたほうが良い。もうそれすらも少ないのだから。
家族、仲間、人生、思い出、理想は捨てないさ。
「あ、もう終わったかしら?」
すると、皐月が長いお花摘みから帰ってきたようだ。タイミングが良いのは突っ込まないでおく。そのまま時計を見ると、既に長針は一周していていた。
「もう一時か。学校もあるから寝たほうが良いんじゃないか?」
「え~」
「いいじゃない。私も優ちゃんもあとは歯を磨いて寝るだけだから」
「分かったよ。まあ、学校に遅刻しても俺の誕生日に免じて許してくれるしな」
「「そんなわけない」」
二人に突っ込まれて、話は強制終了。
すぐに誕生日会を再開し、俺たちはジュースやワインが入ったグラスを持って乾杯した。
その後、皐月が一切れのショートケーキを一口で食べて笑ったり、優が昔の写真を見たいと言ってどこからか皐月がアルバムを出してきて、俺の幼少期の写真が勝手に公開されたり、貰った服でファッションショーが急遽開催されたりした。
「はははっ。楽しいね」
俺がそう言った頃には、もうケーキは残っていなかった。
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