第55話 家族と共に

「「お誕生日おめでとう!」」


 4月23日午前0時、自宅で俺の誕生日会が始まった。


 玄関を開けると優と皐月が迎えてくれて、二人が持っていたパーティークラッカーから愉快な音が鳴り、勢いよく飛び出した紙テープが俺にかかった。


「優、皐月………ありがとう」


 それだけで泣きそうだった。


 いつもならこの時間は、銃弾を避け、山の中を駆け抜けて訓練に励んでいたはず。それなのに、この数か月で全てが一変してしまった。


 今日の俺は紙テープを避けられなかった。昔の俺に怒られてしまうな。


「なる。早く見てほしいものがあるの」


「え。なになに?」


 優が俺の手を引っ張ってリビングに向かう。皐月はニコニコしながらそれを眺めていて、俺はその彼女の手を引っ張った。


「うわぁお。凄い……めっちゃ綺麗」


 二人は俺が錦の勧誘をしている間に、家の中を飾り付けしていてくれたようで閉められたカーテンにライトアップされた「HAPPYBIRTHDAY」の文字の風船がリビングに入った瞬間に俺の目を奪った。


 部屋中には白や灰色、銀色などの風船が沢山溢れており、金色に輝くライトと相まって、まるで高級なホテルに来たみたいだ。


「これ二人で用意してくれたの?」


「もちろんよ。輝かしい雰囲気、なるちゃん好きでしょ?」


「ああ、こんなの見たことがないよ」


 二人がこんな場所を俺のために準備してくれたことが何よりも嬉しかった。


 俺は平気だが、明日も学校がある。それなのに日を跨いだ瞬間にお祝いしたいと言われて、断れなかった。けど、それは正解だった。


 そんな気持ちに浸っていると、優が俺に風船を渡してきた。


「……この風船は?」


「なるの年齢だよ。十六歳だから『1』と『6』の風船を使うの。気に入った?」


「なにその粋な演出。最高すぎでしょ」


「これを使って写真を撮るの」


 優は俺をソファーに座らせ、俺の左側に皐月が座った。その間、優はスマホカメラのタイマー機能の設定をし始めた。すると、皐月は耳打ちで話しかけてくる。


「優ちゃん、今日を本当に楽しみにしていたのよ?」


「知ってる。だからこんなに嬉しい」


「さっき風船を引っ搔いて割ったビアンカちゃんに怒ろうとしていたけど、可愛くて怒れなかったのよ」


「そんなほのぼのするエピソードがあるのかよ」


 ビアンカは普段見慣れていない景色に戸惑っていた。


 近くにあった銀の風船を触ってしまいそうだったので、彼女の名前を呼ぶと俺の膝の上までやってくる。その真っ白な背中を撫でつつ優を待った。


「お前も俺の誕生日を祝ってくれるのか?」


「ミャ~」


「そっかそっか~」


「準備出来たよ!」


 大きい声を出した優が小走りで俺の右横に座る。二人は俺との距離がゼロになるほど、ぴったりくっついてきた。ケーキよりも甘い匂いが鼻腔を刺激してくる。


 ビアンカを優の膝に乗せ、俺は自分の年齢の風船を持ち、皐月は俺の左腕に抱きついた。


 そして、最高な誕生日会の幕開けとなるシャッター音が鳴った。


 テーブルに移動すると、皐月は冷蔵庫からホールケーキを運んできた。


 クリームで真っ白なケーキの上には、艶めいた赤いいちごが隙間なく敷き詰められて、その周りはふわふわなホイップクリームが囲っている。


 いちごの上には、「鳴海くん お誕生日おめでとう♡」と書かれたメッセージプレートが載せられていた。その字は見覚えがあり、優が後付けで作ってくれたものだろう。


 こういった、大事な部分は自分でやりたがる優の性格が出ているのが一番心に来る。


 しかもこのケーキ、結構前にテレビでやっていたあの有名店のショートカットじゃないか。行こう行こうと思っていたけど、時間なくて全然行けなかったところのやつだ。


「優が手作りでこのメッセージ書いてくれたのか?」


「そうだよ。………ハートは皐月さんが後付けで描いたやつだけど」


「ええそうなの、可愛いでしょう?……でも本当のことを言っちゃうと、優ちゃんに私が描いたことにして……」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 急に叫び出した優は、皐月の口目掛けて飛びついた。口を手で塞いだ優だが、皐月がまだもごもご言っており、普通に伝わってしまっている。


 皐月も中々鬼畜だな。助け舟を出すか。


「皐月がこのケーキを予約してくれたのか?」


「そうよ。でも、このお店もショートケーキを選んだのも優ちゃんなの」


「センスあるな。俺がちょうど食べたかったやつだ」


「そ、そう?……それなら良かった」


 いちごのように顔が赤く染まった。いつも通りの光景だ。


 俺はケーキを眺めていると、皐月が真ん中にろうそくを立てた。


「じゃ、電気を消しましょ?」


 慣れた手つきでライターで火を点けると、皐月は部屋のライトアップを全て消して全体を真っ暗にする。ケーキの周辺だけがオレンジ色に染まり、優がぱぁっと笑顔を咲かせる瞬間を見つけることが出来た。


 その瞬間の方が、どんな光よりも眩しい。


「なる、改めてお誕生日おめでとう」


「なるちゃん。おめでとう」


「………まずいな、上手く言葉が出てこないよ」


 俺の誕生日がこんなに素敵な日になるとは思わなかった。


 今までどうでも良かったものが、二人の手によって掛けがえのないものになった。もしここに俺がいなかったら、去年と同じようにただの平日になっていた。優との会話は一切無く、皐月からも事務連絡程度の会話で誕生日が終わっていたのだろう。


 それが別の世界に連れてきてもらったおかげで、いつもの日でもまるで見え方が違う。どこにでもあるケーキも、ろうそくの火も、特別な魔法がかけられたみたいに輝いていて、きっと誰かの想いがそうさせている。


「まあ、それが答えなのね」


「ああ……そうだな」


「ふふっ。良かった、なるに喜んでもらえて」


「二人からなら、何を貰っても喜ぶさ」


「本当に?」


「嘘じゃないよ」


「こら二人とも、イチャつかない」


「イチャついてないですから!」


「皐月が歌ってくれるのを待っているんだよ」


「ふっ。任せなさい」


 皐月は立ち上がり、リモコンをマイク代わりにすると、ヘビースモーカーと酒豪からは想像出来ないほどの温かな声音で定番のバースデーソングを歌い始めた。


 柔らかな音色は快く、思わず目を閉じて聞き入ってしまった。


「どうよこのメロディーは‼」


「よっ!神童‼二十歳越えてもいまだ健在か」


「それが出来るのにどうして家事出来ないんですか⁈」


 あはは~と皐月と笑って誤魔化した。ついでに俺も笑っておいた。


「さて、ひと思いに消しちゃってちょうだい」


「任せな」


 余興を終え、二人の視線が俺の口元に集まる。自然と口の両端が上にあがってしまう。


 ふぅっと、息を吹きかけろうそくの火を消した。


 部屋が闇に落ちる。だが、この暗さは俺の過ごしてきた闇じゃない。


 二つの拍手が聞こえてきた。この慣れた暗闇の中でも二人の表情がくっきり見える。



 俺だけの景色だ。

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