第53話 錦響華

 ガタンとスマホが地面に落ちた。カバーもフィルムもしていないので、画面が割れてしまったのだろう。まだ貰って数か月しか経っていないのに壊すなんて最悪だ。


 だがそんな悠長に心配をしていられるほどの余裕はなさそうだ。


 彼女は俺に発砲した。俺は彼女の指が動いた瞬間に避けて暗闇の中に逃げることが出来たが、あのまま動いていなければ俺の眉間を一ミリのズレもなく撃ち抜いていた。


「暗闇に隠れても無駄だ。もう慣れている」


 あの女は銃を持ち、この倉庫内を歩く。このままじっとしていれば、いずれ見つかり殺されるかもしれない。その上で、最も厄介な要素がある。



 あいつは真珠の子だ。神に選ばれ祝福を受けた正真正銘の天才だ。



 しかも彼女は警察官。射撃訓練くらい受けたことはあるだろうから正確に狙ってくる。リボルバーの弾数は六発。先ほど二発撃ったため残りは四発。


 銃弾を避けるのは造作もないことだが、あちらには情報屋がいる。実質人質みたいなものだ。非常に厄介極まりない。


「俺のことを殺すつもりなの?」


「要件次第だ」


「なら俺のことを殺さない」


「それはどうかな」


 耳の横を銃弾が通り過ぎた。もう少しズレていたら危険だったが、当たらないと確信していたため動くことはしなかった。


「薄っすらだが貴様が見える。それと一般人とは一線を画すオーラも感じる。今まで見てきた人間の中で一番恐ろしく、足が竦みそうだ」


 そう言っているが、彼女は確実に俺に近付いてくる。俺は角に追いやられるとたちまち近くの遮蔽物に身を隠した。だがその瞬間は彼女に当然見られてしまい、発砲された。〇・一秒でも遅れていたら確実に死んでいた。


 さすがの俺でも頭を撃ち抜かれれば死ぬ。誕生日前日にこの仕打ちはしんどい。


「オーラ?ああ俺にも見えるよ、君は正義に燃えた真っ青な色をしてる。親が警察関係者だろ?」


「私の過去を洗ったのか?馬鹿馬鹿しい、それで心を覗いたつもりか‼」


「過去を洗う?そんな面倒なことはしないよ、こっちだって忙しいんだから」


「なら話し合おうじゃないか。これが怖いのだろう?」


 すると彼女はリボルバーの持ち方を変え、銃身を自身の腕力だけで湾曲させた。投げ捨てて、手のひらをこちらに向ける。


 彼女なりの煽りなのだろう。口頭でそれをやらずに、力でそれを見せるということは口下手で物事を解決するには力業が簡単ということを知っている。あれが一般人に紛れて生活していたら怖い。


「お前の父親は厳格なんだな」


「………十年前に亡くなっている。それに父は外では誰にでも優しい人間だった。だが、私にはそんなことは無く厳しかった。私しか知らないことをなぜ知っている?」


「さっき耳の横を撃った時、わざと外したろ。俺は一歩も動かなかったし、射撃経験のあるお前ならその後すぐに撃てるはずだ。銃身を曲げた時もそうだ。そんなことせずに捨てればよかったのに、力を見せることによって自分の強さをわざと見せつけて降参させようとした。根底には力ある者として弱者を傷付けずに、可能な限り暴力を執行しない。紛れもなく正義を体現した人間だ」


「………私は父の考えを継いだだけだ」


 恥ずかしそうに顔を赤くしてそっぽ向いてしまう。俺は隠れるのをやめて彼女に近付いた正面に立つと、感情を殺して照れを消した。


「凄いことでしょそれ」


「それで、話とは何だ。私にあれだけの無茶をさせておいて、つまらないことならば許しはしない」


「なら単刀直入に言わせてもらうよ」


 元々彼女をこの世界に誘うつもりはなかったのだが、仲間たちが亡くなってしまった。だから、もしもの場合に備えて昔から計画していたことを今実行している。



「錦響華。折り紙に来てこの国を一緒に守り抜いてくれないか」



 俺の計画は真珠の子を集めて刃に対抗すること。知っている者は俺と皐月だけ。折り紙の皆に気付かれずに日々を過ごすのはとても大変だった。


 俺を含めて日本には四名の真珠の子が確認されている。一人はプロのテニスプレーヤー。もう一人は不明だが存在は確認されている。


 そして目の前にいるのは四人目の真珠の子であり警察官。



 名前は錦響華にしききょうかだ。



 彼女の父親は元警視総監だった。既に病死してしまっているが、彼の覚悟は娘の響華がいる限り失われることは無い。



「………話はある程度分かっていた。バランスという男を殺してほしいと言われた時からな」


「あの日はありがとうね。拳銃を回収してくれて。君の正義に賭けて正解だった」


 カランという音が鳴って、足元に何かがぶつかった。


 あの日、とは光原を総理大臣の座から降ろし、岩井という男を殺害。そして、Aが率いる『刃』と直接対決した日だ。当然ニュースに取り上げられたし、世界的にも有名になった事件。警察が威信をかけて全身全霊で捜査を進めたが犯人が一向に見つからずに捜査は難航。


 決定的な証拠になるはずの監視カメラの映像は改ざんされ、指紋や繊維。その他、犯人に近付きそうなありとあらゆる証拠は徹底的に抹消されていた。現場にはナイフがあったが、死因はナイフによる刺殺ではなく銃殺。その拳銃が一向に発見出来ずに捜査は打ち切りになった。




 俺はそれが嬉しかった。




 目の前にその拳銃が落ちているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る