第50話 メロディー

 俺はゆっくりと地面に寝転がっている男に近付くと、顔の前で屈んだ。


「名前は?コードネームでいい」


「………ブライト」


「お前は世界警察の人間で間違いないな?」


「…………ああ」


 さっきの闘志はどこへ行ったのやら、今度は萎れた花のように可愛らしく弱さを見せた。何か企んでいるようには見えない。力の差を理解できないような人物でもなさそうだ。


「お前たちの目的は?」


「我らの……目的は、貴様を殺すことだ」


「やっぱり原因は光原を殺したことか?」


「そうだ……我ら世界警察は貴様のような人間を殺すために存在している」


「今更正義を振るうなよ」


 世界警察にも俺と同じように、誰かに理解されないような正義を持っている。しかし、俺たちは全員に賛同してほしいわけじゃない。たとえそれが、悪であろう行為だとしても実行しないといけないという使命に犯される。


 彼らは俺たちが絶対悪だと断言した。自分たちがまるで絶対正義かのように言った。


「お前らの世界にとって俺たちが悪に見えるのか?」


 思想は盲目的になる。それを忘れてはいけない。


「この世界に悪なんて存在しないよ。あるのはそう見えるようなルールだけ」


 無意味な話の時間は終わりを迎えた。もし俺たちを悪と言いたいならどうぞご自由に。


 でも滑稽に見えるだけだな。


「じゃあ次の質問ね。仲間の名前は?」


「…………」


 コロコロと変わる気持ちは何とも鬱陶しいものだ。今度はだんまりして俺から目線を逸らすと、ブライトは皐月を見つめた。すると、にやりと歯を見せつけるように笑う。


 皐月は腕を組むと、首を傾げて彼を見下ろした。


「おいそこの女。良い身体をしているじゃないか、食べ頃だなぁ」


「あら、嬉しいことを言って貰ってるみたいだけど、気持ちの悪いおじさんからのお誘いはNGよ?」


「なら、あの黒髪のおん………」


「ストップ皐月ッ‼」


 ブライトが何かを言い終える前に、皐月はどこからかペティナイフをもう一本出してくると、一瞬で近付き同時にブライトの喉元にナイフの切っ先を突き刺そうとしてきた。刹那的な瞬間と襲い掛かって来たのは、殺してしまえば情報を得られないという事実。それを阻止するために、俺は先ほど受け取ったナイフの腹でその刃を止めることしかできなかった。


 カチンッ!という甲高い音が部屋に響いた。皐月が握っていたナイフははじかれて手放され、驚いた顔をしていた。


「………っぶねぇ」


「あの女ね!優ちゃんの情報を吐いたのは」


「あ………ぁぁぁ。ああああああああああああああ!」


 急に叫び出したブライトは拘束された手足をバタバタさせて身体が少しぴょんぴょん跳ねていた。既に戦意喪失のような状態で一センチでも激しく怒っている皐月から距離を取ろうとしている。


 情報屋は軽く俺の弱点を吐いていたようだ。その情報が最悪なことに優のことを言ってしまったのだろう。情報屋は金を払えば誰にでも情報を払うという建前のもと、実際は折り紙に肩入れさせている。だからこそ優の情報を吐いてしまっていてもおかしくない。


「あのバカ……もっとマシな情報あったろ」


「ねえ、あなた。なるちゃんは意外と優しいから痛くせずに殺してくれるけど、私はそんな優しさも技術も持ち合わせてないから」


「やだぁぁ。やめてくれぇ…………」


 情けなく涙を流しながら最後の方は擦れていた声は皐月には届かない。俺よりも皐月の方が尋問に向いている。変に死に対する考えを持っていると厄介なものだ。


 まあここは皐月に任せて俺は何もしない方が得策であるだろうな。俺は部屋を出ることにした。



 十分後、再び部屋に入ると全て済んでいたようでブライトは既に息を引き取っていた。折り紙の仲介役であるのにもかかわらず、他人の命を奪う事を躊躇しない彼女にはいつも驚かされる。


「もう家族を失いたくないのは俺も分かるよ。だから、心配しなくていい」


「……ありがとう」


 肩で呼吸をする皐月をゆっくりと落ち着かせると、平静を装うかのようにふっと笑った。


 同じ過ちを二度と起こさないためにも徹底的にやる。寄り道が多いが、完璧な犯罪者として彼女は上り詰めてきた。優の命が掛かったと分かれば、尊厳なんて簡単に捨てる。


 そんな彼女の尊厳を捨てさせないこと。俺がここにいる理由だ。


「それで、情報は吐いたんだよね?」


「ええ。構成メンバーはブライトを含め五名。バランス、サイレント、ピース。それぞれ別で行動しているそうよ」


「…………もう一人は?」


 俺が指折りで数えても四人しかいない。皐月が聞き忘れたなんて初歩的なミスをするわけないが、感情的になって忘れたのかもしれない。


 遺体を見ると、かなりの部分が損傷している。


「それが………思い出せないって言うのよ。他の名前はすぐに言ったのにそれだけ分からないって突き通すの。私が何をしても忘れたから勘弁してほしいの一点張りで困ってたの」


「皐月が無理なら、仕方ないな」


「でも安心して、サイレントとピースはすぐに居場所が特定できるから」


 どうやらブライトがそこまで教えてくれるとは……皐月がそれほど怖かったのか。


 ならばそっちは皐月に任せて俺は、バランスという男を追いかけようか。


「思い出せない……かぁ」


 俺の中で腑に落ちない言葉だ。昔もそういうことがあったな。敷田が刃の人間が接触してきたと言ったけれど、顔を忘れてしまったとかいうふざけたこと………。


 いや……もしかして。


 俺はあの女から貰っていた連絡先を思い出す。すぐさまスマホを取り出して電話を掛けた。横を見ると、皐月も誰かに連絡しているみたいだった。


「なるちゃん?優ちゃんなら今、家に居るみたいだから平気よ」


「違う………刃だ。間違いなく刃が裏にいる。最悪だ」


「もしかして記憶改ざん⁈ってことは、あいつらの狙いは……」


『こんにちは〰〰〰。鳴海くん元気にしてる?』


 皐月の苦しそうな顔を嘲笑うかのように明るい声が俺のスマホから聞こえてくる。俺たちが電話をしてくることを予知していたかのように、俺の名前を言い当てた。つまりこいつはこの件に関わってきている。


「入学式以来だな。A」


『連絡先を渡しておいて正解だったね。そこに皐月もいるのかな?初めまして、Aだよ』


「自己紹介する余裕があるみたいだけど、優ちゃんに手を出したらあなたを殺す」


『鳴海くんならそんな啖呵は切らないよ。バカじゃないからね』


「才能煽りかしら?」


『キミに才能が無いなんて言ってないけどね。まあ真珠じゃない時点でゴミみたいなものだけど』


「たかが生まれた時点で持っていた才能でここまでイキれるなんて、もはや才能ね」


『犯罪者のキミだってそうじゃない』


「いい歳して才能で盛り上がるなんて、自分の力で何も得ることが出来なかったの?」


『得ることが素晴らしい人生なら、鳴海くんの邪魔をしちゃダメでしょ?』


 女子たちの舌戦だったはずなのに、俺がとばっちりを受ける羽目になった。なぜ俺はこんな役回りが似合うのだろうか自分でも分からない。


 包容力がきっと俺にはあるのだろうな。


「世界警察のやつが人の名前を思い出せないって言ってたけど、お前ら関わってるか?」


『もちろん。うちが記憶を改ざんさせてもらったよ』


「お前らいつの間に世界警察と協力してたんだ?」


『違う違う。そんなハエより潰すのが簡単なやつらと協力する必要なんかないよ』


「はぁ?じゃあ何でだよ」


 ため息が出てしまうほど訳の分からない行動は、計画が全部ぶっ壊れて狂ってしまうほど面倒だ。刃がそんなことしないとは限らないが、外野を巻き込むのはあいつらとしても御免のはず。


『実はね、うちの奏が鳴海くんを困らせるために刃に異能使って世界警察に加入して遊んでたんだよ。でも、あのおバカは君にヘイトを向けたために刃のことを言ったんだよ』


「あいつかよ……」


『でも君は世界警察が来ることくらい分かってたよね。だからあの情報屋を通じて彼らに君の弱みを軽く教えつつ、プライベートを探らせるようにさせた。けど、学校は既に鳴海の支配下。憐帝の生徒は鳴海くんのアンテナだもんね』


 学校事情が筒抜けということは本当に刃の誰かを送り込んでいるのか。だが、俺にまだ接触してきていない。俺のように上手く馴染んでいるようだが、そいつも学校生活を楽しんでいるのかと考えると笑えてくる。


 白い髪を染められていたら俺でも見つけることは難しいため早く接触してほしいな。


「アンテナって言うなよ。言わないようにしてるんだから」


『ごめんごめん。お詫びにサイレントとピースは殺しておくよ』


「何でバランスだけ残すんだ?」


『元々、世界警察は鳴海くんの獲物でしょ?居場所が分かるサイレントとピースは簡単に殺せるからさ』


「そうか、分かったよ」


 そう言うと、一方的に電話を切られてしまう。あいつも意外と大変なのかもしれないな。お遊びで世界警察に忍び込んでいく部下がいるとか最悪な組織だ。折り紙も似たような組織だったがそこまでは酷くはなかった。


 だがこれで、俺はバランスという人間に集中出来るようになった。


「じゃあ、バランスを探すか」


「その男は世界警察の中では頭がキレるみたいよ」


「へぇ」


 それなら俺の作戦くらい簡単にバレているかもしれない。しかも、ブライトを殺されたと判断されればバランスは姿を隠してしまう可能性もある。だから俺は下手に動くことが出来ない。


 だがここまでなら俺だって分かる。次の作戦はこれからなのだから。


「皐月。彼女からの連絡は来た?」


「ええ、すぐに動いてくれるみたいだし多分今なら電話に出ると思うわ」


「さすが仲介役。素晴らしい仕事だ」


 皐月も完璧に仕事を行ってくれたようで、状況は完璧。俺の役目は一度終わりである。次の仕事は他の人間にやってもらおう。


 皐月は俺に仕事用のスマホを渡してくると、部屋を出ていく。部屋の上はバーになっているのでそこで酒でも飲むのだろう。


「まあ、俺も少しばかり休暇だな。気は全く抜けないんだけどぉ」


 実質休みなんて無いようなものだが、一秒でも世界警察のことを考えなくても良い時間が増えるのはありがたい。



 これで………特訓に雑念が入らなくて済むぜ。

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