第48話 GAL

 敷田との会食があった二日後。俺は行動に移していた。


 特段難しいことをやるわけではない。ただ、仲良くなるだけだ。


「さっきの話、ちょっと怖いね」


 隣で優の弱弱しい声が聞こえた。というのも、ホームルームで斎藤先生が「不審者を見かけたという通報が学校に入った」と言っていたのだ。特徴としては、上下黒い服で、ニット帽、眼鏡、マスクも全て黒かったという何ともありきたりなものだ。


 俺からしたら同業者みたいなものだが、一般人からしたら怖くて当然。実害が出なければ良いのだが、どうだろうか。


「なら、寄り道せずに早く帰ろうか。優がよければ、家まで送っていくし」


「いいの⁈ じゃあお家に上がってお茶しようね!」


 愛嬌が溶けたような甘い笑顔は快く、こっちまで嬉しくなってくる。優とのお喋りは楽しいが、俺もやらなければいけないことがある。お手洗いに行くと伝え離席して廊下に出た。俺はある人に電話を掛けることにした。忙しければ後回しでも良いのだが、少しでも早く対応したい。


『………もしもし~、時之宮くん聞こえてる?』


「蒼瀬先輩。聞こえてますよ~」


 電話の相手は蒼瀬先輩だ。


「さっそくお話が出来て嬉しいな」


「俺もです。せっかくなら、電話で話がしたいと思いまして」


『そっかそっか。それで何かあったの?私が出来る範囲ならお手伝いが可能だけど……」


「ええ。聞きたいことがあるんです。この学校で一番人気、もしくは一番顔が広い生徒って誰か分かりますか?」


『一番人気な生徒かぁ。それだったら三年生の山下杏やましたあん先輩かな。とっても美人で皆から人気だし、テストでも学年トップだから非の打ち所がない人なの。それに去年勉強教えて貰ったことがあったんだけど、私が分かるまで親身になって教えてくれたから本当に良い人だよ』


 蒼瀬先輩と連絡先を交換しておいたおかげで上級生の情報を得やすくなった。利用しているみたいだが、この前寿司をご馳走したのでチャラだ。


「山下杏先輩ですね。ありがとうございます、助かりました」


『気にしないで。でも急にどうしたの?もしかして、入学式の時一目惚れした可愛い先輩が誰か知りたかったのかな?』


「いえ違いますよ。学校中の皆と友達になりたいのでまずは一番人気な人からローラーで制覇していこうと思いまして」


『だったら山下先輩がいいかもね。あっちも時之宮くんのこと気になってると思うし』


「あら俺ってモテてるんですか。知らなかったです」


『嘘っぽいなぁ』


 話を聞いていくと、やはり山下先輩は学年関係なく仲良くなってくれそうなので俺には都合が良い。単純に友達が沢山欲しいという気持ちもあるので、せっかくならその人の所まで行ってみようか。


 俺は三階まで上がり、山下先輩を探すことにした。クラスを聞いていなかったので、近くにいた三年生に居場所を聞いてその教室まで案内してもらう。廊下を歩けば、やはり俺を見る視線があちこちにある。こんちは~と手を振ると手を振り返してくれる人や、肩を組んでくる運動部に入ってそうな人たちとの交流を楽しんだ後、山下先輩がいる教室の前に着いた。


 その教室に入ると、どこかから歓喜の声が聞こえてくる。そのせいで、教室内の生徒が一斉にこちらを見た。何だろうか、一人と友達になろうとしただけでこんな注目を集めてしまうのかと思うと美人も面倒なのかもしれないな。


「山下先輩ってこちらにいますか?」


「アタシのこと?」


 教室の端の方で声の主を囲っていた男女数人の生徒が道を開けるかのように彼女の視界から外れた。身長は目視で166センチメートル位。蒼瀬先輩がとっても美人と言っていた理由が分かる。下手に触れば怪我をしそうなほどの美人だ。


 いわゆるギャルという部類の人なのだろうか、虎のような金と黒が混ざった巻いてある髪は焼けた褐色肌とよく合っている。ネイルも勉強がしにくそうなほど長く、キラキラしていて派手だ。


 周囲はまるで彼女を崇拝しているみたいだ。彼女が話し出すと、誰もが音を出すのを躊躇いつつある。


 ファッションリーダー的な存在感は俺とはまた別の人を惹きつけるような何かがあった。


「あれ?時之宮っちじゃん。白髪エグちだし」


 いきなりよく分からない名前で呼ばれてこちらに近付いてくる。あなたの髪も中々えぐちだけど、それはこの学校では不思議なことじゃない。


「あ、山下先輩!おはようございます。初めましてですね。時之宮鳴海って言います」


「なんか堅くない?もっとフラットでいいってば~☆」


 ケラケラと俺を見て笑った。形式ばったことが嫌いなのだろうか、俺と気が合う。俺も敬語なんて使い慣れないためそっちの方が楽かもしれない。


「そうっすか?じゃあこんな感じっすかね」


「お、いいじゃん!時之宮っちってノリ良いし、イケツラだしモテるっしょ?」


「言わずもがなってやつですね。この前も、ナンパされちったんですよ」


「流石だわ~。アタシもスカウトされがちなんだけど、マジチョベリバ」


 形式ばらない代わりに逆に話しづらい。ノリが苦手という訳じゃないが、これはこれで中々大変だ。恐らくこの人の周りは彼女に合わせるのではなく、軽く流す感じで接しているのではないのだろうか。だが俺は中身の無さそうな会話は得意中の得意だ。


 この学校は本当に面白いな。この人が学年トップで頭が良く、蒼瀬先輩に勉強を教える人には正直到底思えない。俺が人を見た目で決めてしまうのはブーメランみたいなものだけど。


「それで、今日はどうしたん?」


「せっかくなら友達たくさん欲しいなぁと思って、蒼瀬先輩に相談したら山下パイセンのことを紹介されたんすよ」


「あ〰〰〰蒼瀬っちね!あの子は、リアルにいい子すぎて大好き」


「まじ蒼瀬先輩えぐいっすよね。ぱないっすわ!」


 知らない所でめちゃめちゃ評価される蒼瀬先輩に感謝をしつつ、俺はスマホを取り出してLINEのQRコードを開いた。


「LINE交換しましょうよ。あ、もし良かったらそこの女の子もどう?」


「ヤバすぎでしょ(笑)。めっちゃ自然に女の子の連絡先手に入れようとしてて草~」


 OK~交換しよっとノリ良く連絡先を交換することに成功した。ついでに他の生徒数十人と連絡先を交換しつつ俺は教室を去った。


 まあ初日はこんな感じだろう。それに今回は友好関係を作りやすいタイプの人だったので楽だったし、周囲も彼女のイエスマンたちなので簡単に色んな人たちと交友関係を作ることが出来た。


 俺のことを色目で見ている生徒も多々いたし、まあお友達からということで。


「あ、時之宮さんお帰りなさい。席温めておきました」


 教室に戻ると、俺の席に座っている鎌田の中々気持ち悪い発言を無視しつつ、俺の机に座る汐嶺に目を向けた。ハッキリ言ってしまえば、芸能人である汐嶺が俺の机に座るなんてご褒美でしかないが、言わないでおこう。


「私は机を温めておいたわよ」


「真似すんなよ」


「私は豊臣秀吉の真似をしてるの」


 豊臣秀吉という男は椅子を温める不思議な人だったのか。鎌田が真似をしてしまっているから変なことを教えないで欲しいものだ。


「随分長かったわね。もしかして………」


「ざけんな」


 汐嶺の若干引きつった顔はこちらとしては非常に心外なものだ。俺の扱い方がこんなに雑なのは彼女くらいだ。


「ほら見ろ、三年生の所に遊びに行ってきたんだよ」


 友達が増えたことを自慢すると優が、なるなら自分から会いに行かなくても友達になってくれる人はたくさんいるよ、呟く。汐嶺と鎌田もそれに同調するかのようにコクコクと頷いていた。


 全く、素人はこれだから困っちまうよ。


 俺は色んな人から好かれるから連絡手段を手に入れることは簡単だから自分から行くことによってさらに好感触を得られるってわけ。………とは言えなかった。


「まあ友達百人作るつもりだったし、折角なら全制覇しちゃおっかなぁ的な?」


「さすが時之宮さん次元がちげーわ」


「あんたは鳴海のこと全肯定野郎なの?」


「当たり前だろ何言ってんだ?」


 目がきょとんとした鎌田のことを気味悪そうに見ている汐嶺はそのままにしておこう。優はいつも通り一歩引いた感じにそれを俯瞰していて、たまにクスッと唇が弧を描く。俺がいなくても十分に楽しそうだった。控えめな性格も、ここならいい塩梅かもしれない。


「優、いつもプルいな」


「………プルい?それってどういうこと?」


「なんかいい感じじゃない?☆」


 俺はギャル語を覚えた。


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