第47話 お祝い

「……………」


「……………もっと人を呼んでも良かったかもね」


「……………そうだな」


 4月のある日のこと。折り紙の管轄下にある料亭で、俺は現内閣総理大臣である敷田英俊と会食をしていた。入学前忙しかった俺のために改めて入学祝いをしたかったらしく、自分のことで大変ながらもこの場を準備してくれた。


 しかし、お祝いと言っていたが何と言うか………味気ない。


 もちろん楽しくないわけじゃない。俺が学校で経験したことを話すにはちょうどいいし、いつ頃から俺を学校に連れて行く計画をしていたかを聞くのもとても楽しい。


 それに、普段は電話で事務連絡をする敷田と面と向かって会う機会がないため、こういった時間を共にするのも大切だからご飯を誘われた時はとても嬉しかったのだ。


 だが、味気ないのだ。


 今ここには、俺と敷田の二人しかいない。お祝いと言うには中々質素である。俺の想像しているお祝いというのは仲が良い人たちを沢山呼んで、ケーキやらでかいチキンを飽きるほど食べたりはっちゃけたりすることだと思っていたのだが、生憎とそんな人たちは殆どいない。政界にいないことはないが、呼んでもなんだが微妙な雰囲気になりそうだ。


 しかも、敷田から発せられる会話は基本政治家絡みのものばかり。仕事人間過ぎて、お祝い事を計画するのが不向きだったみたい。仕方ないね。


 猪口に入った日本酒をぐびっと飲むと、敷田が携帯を取り出す。


「皐月を呼べば良かったかもしれないな」


「いや、皐月は今日あれだから誘っても来ないよ」


「そうか。なら仕方ない」


「……ちなみに入学祝いは無いのかなぁ?」


 いつものようにボケながら親指と人差し指を擦り合わせる。敷田は呆然としながらも、俺のお遊びに付き合う。


「お前は私よりも稼いでいるだろう?」


「最近出費が酷くてさ。寿司で54290円も使っちゃって…。それに折り紙として活動して無いから、俺も皐月も実質無職みたいなものだし」


「派遣のバイトでもすればいい」


「犯罪の派遣か………斡旋してくれ」


「そんなものはない」


 いつも通りの敷田だなと感じつつ、焼き物である鯛を食べる。「めでたい」と思っているのかどうかは知らないけど、彼もそれなりに楽しそう。


 敷田との協力もあって、折り紙が寝返ったと思われずに済んで今も政府御用達の犯罪組織として君臨させてもらっている。それに、現在は折り紙が活動していないにもかかわらず、大臣たちから文句を言われていない。だからこそ、感謝してもしきれない。


「ありがとね。こうやって無謀な要望をしちゃって」


 自分でそう言っておいて、少し気恥ずかしい。お互い背中を預けている者同士だ。俺は最悪死んでも良いが、こいつは国の長である。俺のように代わりになれる人間は存在しない。


 俺が折り紙に戻ればすぐに刃と戦う体制を整えて行動に移せるけれど、今は俺が勝手な行動をしてしまっている。あいつらが待っているこの状態がいつまで続くか分からない。


「真珠の才能を持つお前を折り紙に留めておくのは、日本の損失ではなく世界の損失だ。お前は刃を殺すこととあの子との高校生活を楽しむことだけを考えろ」


 力を抜いたような微笑がほのめいた。彼もずっと忙しかったのだろう。さっきから酒が進んでいる。俺は徳利を持って空になった猪口に酒を注いだ。


 これ……俺のお祝いだよな?


 だが、俺が入学祝いだとしたら敷田は総理大臣就任祝いだ。


「………まあ飲めよ」


「ん?ああ」


 疑念を抱いたように眉を片方上げた。総理大臣だからしょうがない。


「ところで、お前の誕生日は今月だったな。何かプレゼントでも持ってくれば良かったが気が利かなくてすまない」


 ばつが悪そうに頭を軽く下げたが、俺も脳内の端っこの方にあったため全くと言っていいほど何とも思わなかった。


 4月23日は俺の誕生日だ。だが、その日だからと言って休みになったりするわけじゃないためただの平日という認識だ。


「え?ああそう言えばそうだったね」


「忘れたわけじゃないだろう?」


「俺にとって記念日はコミュニケーションだったからね。忘れることはないけど、思い出すことも少ないよ」


「また変な言い方をしたな」


「変か?俺はいつだって訓練というもののために時間を使っていたから、家族たちとの会話に時間を使う事があまりなかった。みんなもそれぞれやることが多いから、会う頻度も少なかったし」


「お前はその力があるのだから、そこまで時間を使う必要は無いはずでは?」


「裏社会舐めてると死ぬよ」


 折り紙は大量の死体を踏みにじって生きている。その中には殺し損ねたやつが死んだフリをして虎視眈々と狙っている。そうやって殺された家族もいる。


 それだけじゃない。世界には才能が溢れている。それは元々こちらの住人でないこともあれば、まだ俺たちが気付いてない場合もある。


 刃もまだ世界が気付いてない才能の集団だ。


 生半可な実力じゃ生きていけない。だから、ほぼ全ての時間を使って力を伸ばしたとしてもまだ足りない。小さい頃からいる人間は特にそれを知っている。


「舐めているわけではない。光原ですら簡単に死ぬ世界だ」


「光原は刃に関わった瞬間から命なんて無いようなものなのにね。本当に無駄なことをしてくれたよ」


 政治家の部分を見なければ意外と良い奴ではあったのだが残念だ。


「まあ、誕生日だったりする日は『おめでとう』って一言を言うために時間をつくるようにしてるんだよ。だからこそ俺にとって記念日はコミュニケーションなの」


「素敵じゃないか」


「だろ?」


「なら、自分の誕生日も大切にするべきだ。皐月も水無川さんもお前のために何か準備してくれているのではないか?」


「皐月からはいつも食べ物を貰ってるよ。でも優からは何も貰ってない。あんまり関わるつもりなかったから電話するくらいだけど、ここ最近はしてなかったな」


 疎遠になれば、会話する機会も無くなって俺のことを忘れると思っていた時期もあった。見当違いだったことに気付いたのは、ずっと前だった。


「あの子………相当お前のことが好きなのだな。可愛そうだが仕方ない」


 しんみりと情緒を楽しむ敷田は俺の話を酒の肴のように扱う。悔しいが何も言い返せない。


「まあ、まだ告白された訳じゃないから」


「言い訳がましいな」


 敷田の言っていることは正しい。でも、俺の言っていることも事実である。


「それよりも、お前これからどうするつもりだ?」


 急に猪口を置いてネクタイを締め直し、キリっとした眼差しで俺を見る。急な仕事モードに気圧されて、反応が遅れた。


「これから?」


「刃のことに決まっているだろう。お前のことだから、確実なことは出来なくても何かしら動くはず」


「まあね。この俺が学校に行ってることもあるから、自分の周りを強固にしたいとは思ってるよ。それに刃のボスさんが俺に連絡先を寄越してきた。何かある」


「こんな状況でお前よく学校に行けたな」


 冷静なツッコミだ。しかし、そうは言っても刃のボスであるAが進学を進めたのだ。彼女は何か勘違いしているが、俺も楽しい学校生活が送れているのでwin-winである。


 弄ばれているだけだが、今攻められたとしても勝ち目は無いので甘んじて受け入れるしかない。


「大丈夫だよ。俺の作戦はゆっくりと進んでいる」


「作戦?」


「この世界には秩序を守る人間が存在しているのを知っているよね?」


「それは折り紙ということではないのなら答えはたった一つ、世界警察のことか」


「そう。かの折坂雪夜もいたあの世界警察だ」


「それがどうした?」


「俺の予想だと、世界警察は確実に日本に乗り込んでくる。それか、もう既に潜伏している可能性がある」


「何故お前がそんなこと分かるのだ。繋がっているわけじゃあるまいし、奴らは折坂がいるせいでこの国には絶対にやって来ない」


 確かに、日本と世界警察は犬猿の仲。俺も彼らの実情を全く知らない。どうせ過激な理想主義者なのだろうなぁと思っているのだがどうだろうか。


「よく考えてみろ。日本で全国的に爆破予告が出されて内閣総理大臣だった光原が辞職してすぐに殺害される。どう考えてもあり得ないだろ?」


「それと、光原の親族も同時に殺された。何かが隠蔽されたと考えるのが普通だな。それが出来る折り紙に」


 自分の中で考えを纏めている敷田は頭が小さく前後に揺れる。


 このような大きな事件が発生したら、すぐに犯人が見つかるはずだ。東京のど真ん中で起きた事なら尚更簡単に捜査は進む。


 だが、事件現場にあった証拠からは存在しない人間のDNAと証拠品しか見つからない。それに、事件に関係していた場所のカメラ映像が全て改ざんされている。刃に工作せざるを得ない状況を作らせたおかげで俺たちに繋がる証拠は一切出てこない。


 世界警察に折り紙が関わっていると想起させる局面を作ってみせた。


「だが、折坂たちは皆亡くなった」


「ということは……………次の狙いはお前、時之宮になるということか」


 あとお前もね、と俺が言うと、敷田は部屋を荒らした猫を見るような活力を失った眼で俺を見つめる。光原が殺されてしまえば、次に就任した敷田が何か計画したと怪しまれるだろう。


「でも敷田は死なないと思う」


「なぜそう言い切れる」


 言い切れるには圧倒的な自信があるからだ。



「俺がいるから」



 そう言って、笑ってやった。


 ただそれだけ。理屈をこねる必要は無く、ただその一言だけでこの男を黙らせる。


「それなら、安心だな」


 フッと嬉しそうに鼻で笑った敷田はネクタイを緩めた。俺は仕方なく酒を注いだ。

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