第46話 バランス
潜入捜査当日。時之宮鳴海を潰すために世界警察は日本に乗り込んだ。秘密組織である世界警察がこうやって誰かを殺すために動くことは初めてだ。
既に全員が日本に潜伏しているが、全員が個人で動く。所属している人間は国籍が異なるため、まとまって動くのは不自然だし目立ちやすい。折り紙ぐらいなら日本の交通機関位なら掌握できるだろう。
彼らもどう動くかは特に決めていない。時之宮鳴海という人物がどうやって動いているか把握するのが非常に難しいため、こっち側が計画したところで無意味になる可能性の方が高い。
なので最初は情報収集をすることから始まる。全員が会うときは、彼を追い込んだ時だ。
世界警察の『バランス』。その男は東京にいる情報屋のところまで移動した。
世界警察の人間は身分を隠すために秘密の名前を持っている。折坂にも「スノー」という名前があったが、今は「アイシクル」と呼ばれるようになった。
バランスという男は折坂が辞める少し前に世界警察に勧誘された。
既に50代なのだが、見た目は若々しく生気に満ちている。実力は折り紙の人間と同等かそれ以上だと評価している。地獄のような経験を積んだ30年間のおかげで彼にとっては全てが弱者に見えてしまう。
平和は差を生みだした。それは理解しているはずだが、それを一度掴んでしまえば手を離すことが難しい。
「………力は全て悪に見せる。時之宮鳴海も私たちを悪と思っているのだろう」
だが、もう引き下がることは出来ない。世界を動かしてきた自分たちが、彼を消すことを確定させた。世界警察の判断は全ての絶対である。
彼にも事情があるかもしれないが、そんなものはどうだっていい。
バランスは待ち合わせ場所に繋がる階段を見つけ、下りていった。一番下には時代はずれの木製で造られたドアがある。ここは情報屋が待っているバーだ。
裏社会の人間が利用する隠れ家的な存在。来るもの拒まずのスタンスのようで、店主もそこに理解のある人物だ。あの折坂も何度かここに来たことがあるらしい。
バーは中々のオーセンティックな場所だった。重厚感が何とも心地良く、ずっとここにいたくなる。老店主は店に入るバランスを何も言うことなく迎え入れた。
すると、テーブル席に座っている男二人組と目があった。バランスは唾を飲むことはなく、中折れ帽を取って視線をカウンターの方に移した。横目で男たちを見ると、こちらを気にすることはなくなっていた。
バランスは日本人ではない。骨格でそこはバレてしまうが、ここに来る人間はそこを気にしない。それに、わざわざ絡んで面倒なことを増やす人間はここにはいない。
視線を戻し、再びカウンターを見る。入り口から一番遠い椅子にその女は座っていた。昼間からソーダ割りのウイスキーをクイっと飲んで顔をピンクに染めている。
それをバランスは嫌悪を込めて睨むと、女はこちらに気付く。仕方なく彼女の横に座ってバランスは同じものを頼んだ。
「君が………バランスかい?」
とろんとした顔でそう聞いてきた後、何かしらの準備をしていた店主はそれを一度止めて、無音だったこのバーに彩りを与えるかのように音楽を流した。
「手短に話そう。時之宮鳴海について教えて欲しい」
「もちろんだよ。金は大量に貰ったからね、何でも聞いて」
ショートカットの女はカウンターチェアの高さのせいで足をブラブラさせながら、バランスを面白いものを見るような目で直視してくる。その視線が気に入らず、舌打ちをするとくくっと口を押さえて笑った。
彼女が情報屋であることがバランスは少し気に入らなかった。
「まずはあいつのことを簡単に教えろ」
「はいはい。名前は時之宮鳴海、年齢は十五歳でもうすぐ十六になる。特徴としては、髪の毛が真っ白でとんでもないほどの美形。会えば一瞬で分かると思うよ」
「白髪?ということはもしかして真珠の子か?」
「そうだよ。類まれなる才能を持った怪物。君たちは彼を殺したくてここに来ているんでしょ。無理だと思うから、バレないうちに自国に帰ったほうが良いよ」
「無理?お前は随分とあいつを買っているのだな」
「そりゃあそうでしょ。あの折り紙の時之宮を過小評価しろって方が難しいね」
思わぬ評価にバランスは動じなかった。寧ろ十六歳ということの方が驚きだった。青年と聞いた時は二十代前半と勘違いしていたが、まさか十六歳だったとは。
「それで、時之宮はどこにいる?」
「彼は高校に通ってる。都立憐帝高校っていう場所」
「……ん?学校?どういうことだ」
何を言っているのか理解できずに困惑した顔はショートカットの女のツボにはまったようで、腹を押さえてゲラゲラと笑い出した。どう考えても周囲に迷惑だが、誰もがどこ吹く風だ。
店主は雰囲気を壊す女に注意をせずに、ウイスキーのソーダ割りをバランスの前に出した。
「本当に可笑しいよね~、刃の対応に追われてあんな忙しかったのに高校行くとか!バカだけどやっぱりそこが犯罪者の頂点って感じ?さすが折り紙だわ」
「刃に関しても聞きたい。どういう組織だ?」
「異能力を使う集団。私はこれだけしか知らない。っていうか世界警察って平和を守る組織なんでしょ?折り紙なんかより刃の方がずっと危険だよ」
元々情報が少なかった刃だが、情報屋でも知っていることがこれほど少ないとは思わなかった。異能力集団なんていうのはおとぎ話でしか聞かないようなことだが、間違いなく存在するみたいだ。
「さて………時之宮の弱点を知りたい。まあ、全くなさそうだが」
思考を改め、バランスは顎に指を当てて視線を左下にやった。
(時之宮は高校生……か。ならば高校を襲うか?いや、それはいけない。せめてバレないやり方。もしくは人質を取ることが出来れば良いのだが出来るだけ他の人間を巻き込むのは私たちが好むやり方ではないが……)
考えを巡らせれば、視界に入っている酒棚にある黄金色のウイスキー瓶たちはぼんやりとしか認識できない。照明と相まってキラキラと輝いて見えてくる。
「あるよ。時之宮鳴海の弱点」
「あるのか……お前がそういうのならかなり大きい弱点か」
女は頬杖をつきながら、スマホを取り出してある一枚の写真を見せた。
黒髪の可愛らしい少女だ。
「この子を拉致する。簡単でしょ?」
「……人質はあまりやりたくないのだがな」
「そんな呑気なこと言えるんだったら、真っ向勝負しなよ。まだ日本は世界警察が入ってきている事には気付いてない。時間の問題だよ」
「時之宮の写真はないのか?」
「残念だけど、彼は写真を異常に嫌う。身内でもない限り撮らせてもらえないよ」
「なら、この少女の写真はどうやって撮った?時之宮が気に掛けている少女なら、その辺は徹底していると思うのだが」
「この子は一般人。犯罪者じゃないから盗撮は可能。だから時之宮を揺さぶる方法は簡単だよ」
女は立ち上がり、グラスにわずかに入っていたものを一気に飲み干した。話を聞いている限り、この女はどう考えても時之宮と会話したことがあるような口ぶりだ。
もしかすると、自分たちを裏切りこのことを時之宮に伝える可能性がある。
「待て」
バランスは拳銃を取り出し、女の左腰に銃口を突きつけた。一瞬のことに少し驚いた女は酔いから醒めたかのように目を見開く。だが、声をあげて驚くことはなかった。
この女も修羅場を何度も乗り越えてきたみたいだ。
「お前はこれ以上のことを間違いなく知っているはずだ。なぜ言わない?」
拳銃は店主からはカウンターが死角となって見えないし、男二人組は既に店を去っていた。最悪女を射殺し、店主も殺してしまえば逃げることが出来る。
幸いなことにここにはカメラが見当たらない。
「……折り紙っていうのはさ、日本の裏社会のトップでもあり最高機密でもあるんだよ。彼が死ねばこの国は沈むし、私も死ぬ。さっきの画像の子も死ぬ。つまり、現状日本は君たちに関わっていられるほど時間があるわけじゃない」
どこか観念したかのように女はゆっくりと語りだす。
「たった一千万積んだだけで私が彼の少ない情報を話すとでも?」
女の冷酷で凍ったような瞳はバランスに向けられ、引き金にかかった指は微塵も動かない。どこか熱い言葉はそれをゆっくりと溶かすようだったが、それを引くことが出来なかった。
銃をしまうと女が、話が早いねぇ~と笑いながら言う。バランスとしてもターゲット以外と戦闘するのはリスクがある。
「……幾らなら時之宮の情報を全て出す?」
「ん~っとねぇ」
顎に人差し指を当てて目線を上にやって考えているポーズをしているが、バランスは演技だとすぐに見抜いていた。
「折り紙の情報なら五億はくだらないよ」
「……お前がふざけていることだけは分かった。もういい」
「一千万で弱点と通ってる高校名聞けただけでもこっちは大損なのに~」
ぷく~っと口を膨らませるが、可愛いなんかよりも苛立ちの方が勝ってしまっていた。だが、憐帝高校という場所に向かって張り込みをすれば時之宮に確実に会えることが分かったのは大きい。それに、現時点で世界警察が動いているということは悟られていない。
お金をバーカウンターの上に置いてバランスは店を出ようとした。
「ま、せいぜいみんなと合流出来るといいね~」
後ろから呑気な声でそう聞こえたが無視して扉を開けた。
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