第45話 世界警察

 約30年前。犯罪集団『折り紙』が突如として生まれた。


 たった一人の女犯罪者は警視庁に単独で乗り込み、76名を虐殺したのが始まりだ。その時の映像は今でも折り紙が保管している。


 世界はその女の死刑を待ち望む中、ある組織が提案で女は生き永らえた。



 世界警察せかいけいさつのせいだ。平和は折坂雪夜という怪物を日本から強奪した。



 世界警察はどこかの国に所属することは一切ない独立した組織。常に平等であり、平和を愛していた。命の輝きを尊び、世界に淡い夢を見せる。汚れた悪を嫌い、「不」の存在を是正するための徹底的な理想主義と現実主義が混ざり合った狂気じみている組織。


 それを達成するためなら彼らはどんなことだってする。


 誰にでも手を差し伸べる。紛争をしていた組織間の仲を取り持つこともした。殺害予告を受けた大統領の護衛を行い、守り切ってみせたこともあった。


 その誇り高い理想と真っ直ぐな現実は、折坂の汚れ切った感情を拭った。昔よりマシになった。


 そんなある日、日本は折坂のための暗部組織を創り上げた。警察や自衛隊の中からエリートを呼んだ、この国を裏から支える『折り紙』の前身組織。当然、世界警察は折坂を手放すのを拒んだ。彼女の才能は世界警察の中で最も優れていたから。圧倒的な強さは全てを掌握し、自分たちが優位になるために使うべきだと。そんな思想が蔓延してしまった。


 理想を叶えるためには、暴力が必要だった。


 しかし、折坂にも理想が存在した。



「────────『刃』を殺すため組織だ。お前の野望が世界警察で叶うことは永久に来ない」



 敷田という男は日本の政治家だった。敷田英俊の父親にあたる人物が彼女を世界警察から引き抜くことに成功。その時、折坂は仲間であった人間を一人殺して組織を去る。こうして日本は世界警察との縁を永遠に切ろうとした。


 だが、世の中は上手くいかない。


 前身組織はあまりにも弱くて、無駄なプライドを持った人間ばかり。そんな組織では真珠の子はおろか世界警察にすらも簡単に潰されると判断した折坂はその組織を解体。創設して3日も経たなかった。



 そして折坂が裏社会の人材を勧誘して創られたのが現在の『折り紙』だ。



「現在まで日本は我ら世界警察との関係を拒んでいる。まるで鎖国していた時のようだ」


「そう言っても過言ではない。その間、着々と力を付けていった私たちは今では世界で一番信頼を得ている組織となった」


「はあ……対して折坂は日本の防衛に全てを注いだ。世界を捨てた裏切り者だ」


「彼女に死という罰を与えましょう」


 世界警察の人間は折坂が裏切った後、自分も殺されるという疑念を抱いた。そのため、彼らは仲間内でも身分を隠すようになった。顔を知られることは、彼らにとって「死」だという共通認識がある。


「いや、折坂は死んだ。というより殺された」


 そう言ったのは、最近になって世界警察に入った者だ。


「殺された?どういうことでしょうか。あの折坂が、一体誰に……」


「刃だ」


「……ほう。聞いたことがないが、刃とはいったい何者だ?」


「折坂が追い続けた、真珠の子だけを集めた異能力集団。それだけしか知らない」


「あの折坂ですら、最期はあれほど憎んでいた真珠の子に殺されるなんてな」


「なら、折り紙は現在どうなっている」


 折坂の上司である人間が聞いた。新人の男は、ため息をついて語り始めた。


「折り紙は存続している。二代目に、時之宮鳴海という青年が折り紙のトップ。つまりは犯罪を司る人間になった」


「青年………。はっはっはっ。あやつも、人材不足に悩まされていたという訳か」


「……笑いごとではない」


 世界は知らなかった。彼の努力を、才能を、本質を。



 しかし、時之宮という名前が霞むほど、折坂の過去は邪悪だった。


 日本では、約30年前から犯罪件数が激減した。折り紙による犯罪組織の一斉掃討が始まり、麻薬や拳銃を政府が内密に取り締まることで反社会的勢力が一気に蹂躙された。他国のスパイやマフィアも同様に折坂が率いる折り紙によって9割以上が殲滅される。


 当時は彼女を含め、たった4人しかいなかったのだが十分過ぎた。


 その功績が認められ、折り紙についに『犯罪をする権利』が与えられ、ついに日本は凶悪な犯罪者の折坂雪夜に負けたのだ。



 だが、このようなことが起きれば世界もメディアも黙ってはいないはずだった。


 けれども既に折り紙は日本を裏から掌握していた。メディアは全てこの件に触れることは許されることはなく、少しでもそのことに関して放送すれば、裏から折り紙が制裁を食らわせる。見えない鎖国のせいで世界が日本を怖がってしまったのだ。


 折坂の前には権力も財力も知力も関係ない。一人で全てを覆すほどの力は誰の目にも魅力的に映ったようで、誰も彼女を止めることはなかった。



 それに折坂は日本に餌を与え続けた。



『折り紙に金を出せば、どんなことでもしてやる』と。



 そう言ってしまったため、今の折り紙が生まれてしまった。



「あいつは総理大臣とその親族を殺した。たった二人の人間のために」


「………なんだそいつは、私たちの理想とかけ離れている。まるで昔の折坂を見ているようだ。利己的で他者の感情を理解しているようにみせてその上で気持ちを踏みにじって殺す。二人の人間のために総理大臣を殺すなんて……彼は何者なのだ‼」


「……折り紙の全てを受け継いだ、最悪最低な犯罪者だ。あの青年が生きている限りは、日本を世界警察が支配できる日は来ない」


「戦争が終わり、折坂という怪物が生まれた。その次は悪魔のような青年が折り紙に入ってしまった。日本はあたりもはずれも引く面白い国なのに、勿体ないわ」


 平和の名の下に、彼らは動く。たとえ相手が子供だとしても容赦はない。


 それは裏社会で生きる人間の暗黙の約束だ。


「我らの目的は平和。天秤は常に平衡でなければならない。それが無理ならば壊すだけ。折り紙は日本という国を強固にし、世界との間に亀裂を入れた。到底許すわけにはいかない」


「いま日本は恐らく手薄。内側から壊すなら今しかない」


「敷田総理は昔も今も厄介。はあ、危険な仕事だ」


 世界警察はゆっくりと動き出した。犯罪大国日本を裏から壊し、再び蘇らせるために。



「可哀そうにな。愚かだ」



 誰かがそう言って会話が終了した。

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