第43話 プレゼント選び

 時を遡ること一週間、4月7日の話。


 憐帝高校の入学式の後、わたしたちは寿司を食べてなるを家に送った。


 しかし、その日はまだ終わっていない。レンタカーに乗ったわたしたちはある場所へ向かった。そこはショッピングモールだ。


 4月23日。その日はあの時之宮鳴海の誕生日がある。


 彼はずっと折り紙にいたため普段なら直接会って祝うことが難しかった。だから、わたしに出来たのは精々その日に電話を掛けることぐらい。プレゼントを渡したかったけれども、彼の欲しいものが分からなかったし、わたしがあげられるものなんて彼なら簡単に手が届いてしまう。


 でも今なら直接会うことが出来るし、おめでとうと言ってあげることも出来る。


「さて、今年は何をあげようかしら」


 隣を歩く皐月さんが愉快そうに言った。皐月さんはわたしと違って仕事でなるにはよく会っているため、毎年誕生日プレゼントをあげているようだ。


「いつもなるに何をプレゼントしているんですか?」


「いつもは食べ物を贈っているの。なるちゃんは物欲が微塵もないし、日用品は他の皆さんが買っちゃうから」


「うーん、やっぱりなるの誕生日プレゼントを選ぶのは難しいですね」


「あらほんと?今年は一番簡単だと思うけど」


「一番簡単?」


「ええ」


 その時の勝ち誇った顔が何か悔しかった。なるちゃんのことなら私の方が知っていると言われているみたい。だけどそれは仕方のないことだ。


 でも、わたしの番はここから。


「じゃあ当ててみせます。………因みにヒントは?」


「ヒントは、買うときに分かると思うわよ」


 買うときに分かる……か、難しい。


 勉強は時間を大量に溶かしているため出来ているが、こう言った頭を捻るような問題は全然やらないため答えを導くのが困難になりそう。


「じゃあ私はそれ以外にするわね。今は一人暮らし始めたばかりだから何かと大変だろうし」


 皐月さんはわたしに向かって小さく手をあげてエスカレーターに乗り二階に降りていった。わたしもマップを確認しつつ、今いる三階から軽く一周してみることにした。


 その前にさっきのなぞなぞを解かなくてはならない。


 なるが今必要、というよりも今あげたら一番喜んでくれるものは何だろう。元々なるは物欲が無い。ミルクティーや甘いものは好んではいるけれども、なるだったらいつでも食べられるだろう。だからそれはいつでも喜んでくれる。


 ということは消えものという線は消えた。つまり何かしらの物だ。


「う~ん。洋服とか?でもそれは皐月さんが選びそうかな」


 きっと皐月さんの選ぶものは洋服関係。なるは普段はスーツを着用しているからその線が高い。こうなるとかなり絞ることが出来る。


 皐月さんと東京で暮らし始めて、もう少しで10年になる。誰よりも一緒にいるから考えが少しだけ分かってきたかも。だからこそ分かってしまうこともある。


 思えばすっかりあの人はお母さんをしている。日本より好きなたばこをわたしの前では何が何でも吸わないし、困ったことがあれば何も言わなくても解決してくれる。家事はびっくりするくらいできないけれど。そんなのどうでも良くなるくらい頼っている。


 皐月さんのことをお母さんだったりママと呼ぶことはないだろうし、皐月さんと呼んだり敬語が抜けることはない。だけど、何かできるわけじゃないけど、何があってもわたしの唯一の家族であってほしい。



 わたしがまず入ったのは靴屋さんだ。皐月さんが服を買うならば靴を買っても被ることはまずない。だがなぞなぞを度外視してしまっている。けれども折角の誕生日ならばその答え以外の物をあげたっていいはず。


 皐月さんになるの足の大きさを聞いたら28センチと言っていた。


 とりあえず目の前の真っ白のスニーカーを手に取った。値段は一万円を軽く越えていたが、軍資金はそれなりにあるためこれなら買える。もちろんわたしが稼いだお金ではないためあまり豪勢なものは用意できない。皐月さんは自由に使っていいと言っているのだが、わたしは高いものよりも記憶に残るものを贈ってあげたい。


 だから来年こそはアルバイトして貯めたお金で買うって決めている。


 スニーカーを元の場所に戻して店を出た。靴も良いけれど、もっと良いものがあるはずだ。それになぞなぞの答えではなさそうだし。


 次に向かったのは服飾雑貨屋。なるはお洒落には美人だがお洒落に無頓着だ。折角の美貌が勿体ないが仕事柄、気にしていられないのだろう。


 今日イヤリングを着けてきた時は驚いたが、粼心さんのものって聞いたら納得した。色々見て回ると、宇宙をビー玉に閉じ込めたようなデザインのイヤリングを見つけた。星屑たちは惑星を囲むように存在していて、その切り離された世界はまるで物語を見ているみたいだ。


「何かお探しですか?」


 陶酔しているかのように見入っていると、女性店員さんが近付いてきた。


「友達の誕生日プレゼントを考えていて……」


「その宇宙ガラスのイヤリングはいかがですか?神秘的で女性からの人気も高くて私もついつい惹かれちゃうんですよね」


「あ、分かります!」


 彼のように美しくて未知なるものに魅了されてしまう。ほとんどの人はそうだ。


 実際になるがこれを着けている所を想像するが、うん。似合う。美人さん寄りなので女性もののイヤリングをしていても全く気にならない。


 でも、なるがこれで喜んでくれるのかな。


 きっと喜んでくれる。わたしたちには純粋な一面を見せてくれるし、犯罪をやっていなかったらきっともっと素敵な人になっていたはず。


 だからこそこれをあげたい。


「……実はその友達っていうのは、わたしの好きな……人のことなんですけど。……何かお勧めってありますか?」


「あら、そうでしたか」


 少し俯いていたわたしに店員さんは、微笑ましいものを見つけたように口に手を当てて軽く笑った。


「でしたら、パスケースなんてどうでしょうか?」


 そう言われて店員さんが歩き出した。着いていくと、メンズファッションのコーナーの前に来た。レザーのパスケースや鞄、ベルトなどが売られている。ここなら何か良いものが見つかりそうだ。


「こういった小物なら、片思いの男性に送りやすいですし実用的なのでいつでも使って貰えると思いますよ」


「パスケースですか………」


 確かになるはパスケースを持っていないはず。……ていうか定期の存在も多分知らない。だったら今度買いに行って誕生日の日にこれを渡そう。


「じゃあこれの黒を買います。あと、さっきのイヤリングも」


「ありがとうございます!」


 無事に選び終えたけれど、皐月さんの言っていたなぞなぞの答えは未だに心当たりがない。もしかして特に何も意味はないのかな。


 けれども、今年は簡単、とか意味深なことを皐月さんがわざわざ言う必要はあったのか。


 変なことはいつも言うけれど。


 でも良いの。なるが喜びそうなものじゃなくて、わたしがあげたいものが買えたから。


「有料のラッピング代を入れまして合計9520円になります」


 黒の二つ折りのパスケースと宇宙のイヤリングを買うために、一万円札が三枚入っている財布を取り出した。アルバイトをしていないわたしにとって一枚ですら重く感じるのに、一万円がこんなに沢山あると怖くなってしまいそうだ。取られたらどうしようと変に緊張もしてしまってそわそわする。


 さっき、なるが回転寿司屋さんでお金を払うときに6万円以上も支払っていたから驚いちゃったけど、なるって沢山のお金を使うの慣れているのかな。わたしの学費も彼が出しているって聞いたことがあるし……。



 あれ?


 なるって財布使っていたっけ?そう言えば目の前でお金を払っていた時って封筒からお金を出していたはず………。まさか、簡単ってそういうこと?


 お札を摘まんだわたしの手が止まった。不思議に思った店員さんはどうかしましたか?と聞いてくる。今からでも変えるべき?本当にこれでいいのかな……。



 ……大丈夫。これがいい。



 既に何をあげたいかの答えは出ていたため、わたしの意思は変わることはなかった。


「あっ。いえ、なんでもないです」


 そう答えてお金を出した。せっかくプレゼントを贈るなら何かしらの意味を込めたいから。ロマンチックな性格になったのは誰のせいなのかな。


「ありがとうございました。頑張ってくださいね」


「はい。ありがとうございます!」


 暖かい言葉を貰って店を出ると、皐月さんから連絡が来る。彼女もプレゼントを買い終わったみたいで今は一階のカフェにいるそうだ。


 わたしもそこに向かうことにした。



 今のわたしは足取りが一段と軽かった。

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