第40話 ヤンキー
自己紹介の時間は結局、俺と汐嶺がめちゃくちゃ目立って終わった。
趣味が無かったため俺は仕方なく特技を披露した。しかし特技と言っても普段からやるようなことではなく、初めてやるものだ。そもそも人に見せることが出来る特技は持ち合わせていない。だから無駄な才能を持っていることに定評があるためとりあえずやれば成功しそうなものをやった。
俺がやったのは、傘回しだ。その教室にたまたまあった誰のものでもない傘と、バスケットボール程の大きさがあるピンクのゴムボールを使用して、まるで大道芸人のように一発でボールを落とさずに回してみせた。
もちろん生徒からは拍手喝采だった。しかも、何故かアンコールを貰ったので今度はボールペンでジャグリングをするという意味不明な多彩さを見せつけて終わらせた。女子からの人気はもちろん、男子からも注目を集めることとなった。
それに対して汐嶺は自己紹介をする必要なんてほとんどなく、汐嶺かりんですよろしくね。の一言で周囲との圧倒的な違いを痛感させられた。こっちは大道芸をわざわざやったのに、知名度の差でボコボコにされた。
それと、一人休んでいる人がいるみたいだ。
「強い………」
帰りの支度をしている最中、その惨劇を思い出していた。
正直舐めていた。あんなふざけたヤツが芸能界で生きていけるのか疑問だったが、表面上の実力が強すぎる。美貌、スタイル、オーラ。何をとっても完璧。俺も負けているつもりはないが、不平等の才を除いたら疑いもなく敗北を喫するだろう。
「確かにかりんは美人だし可愛いけど、なるも引けを取らないくらいには美人だし可愛いよ」
横で不憫な俺を慰めるかのように気が利いた言葉を投げかける優。かりん、と名前で呼ぶように既になっているとは。
「まあそれは知ってる」
「でもかりんってあれで勉強も出来るんだから凄いよね」
「……あいつ勉強出来るの?」
「そりゃ憐帝高校の生徒だもの。大抵の人は出来ると思うよ?」
「まじかよ」
この学校は東京都で一番偏差値の高い高校だ。義務教育レベルの問題を完璧に仕上げている生徒がわんさかいるのだろう。汐嶺もそのうちの一人。本当にあいつは人間なのか?頭いいし、女優もやっているとか凄すぎる。やっぱり、ハイスペックな人間がこっちの世界には豊富にいるな。
折り紙のリーダーとして、こういった人材は是非うちに来て欲しい。だが、真人間を犯罪者に仕立て上げるのはタブーだ。元リーダーの折坂は普通にやりそうだが、俺はその選択を取る気はない。
……と、言うことが出来れば良かったのだがもうそんなこと気にしていられない。
現在の折り紙は俺しかいない。こんな状況では猫の手でも借りたい。既に一人は見つかっているのだが、さすがに心許ない。
だが汐嶺を折り紙に入れるという案は論外だ。ならば誰を誘うべきなのか。案を検討しても、結局捨て駒にしてしまう可能性が非常に高い。常に信用できるのは自分のみ。そうじゃなければいけない。
「………なる?気難しそうな顔しちゃってどうしたの?」
俺が黙っていると、居心地が悪そうに優が聞いてくる。
「いや、考え事だよ。昼ご飯何食べる?皐月も病院が終わってこっちに向かってるはずだ」
「う~ん。今日は軽めのもので良いんじゃないかな。昨日はお寿司だったし」
「軽めのものか……じゃあ、イタリアンで良いか?」
「なるがそれがいいなら」
皐月の胃袋は軽めじゃ満足できないだろうし、今日も沢山食べるのだろうな。そのためのブラックカードなのだから、あいつはかなりのやり手だ。
俺が席を立ち、下駄箱に向かおうとすると優もその後ろをしっかりとついてくる。教室を出ようとすると、俺たちに気付いた汐嶺が厄介な一言を投下した。
「あ、鳴海またあとでね」
「うっわ」
優が勘違いしそうなことを言っていたその口から舌の先がぴょこっと顔を出していた。まるで小悪魔だ。俺の安寧を脅かす存在が隣の家に住んでいる。幸か不幸か、優は笑っていたためこの場は凌いだ。因みに目は全然笑っていなかった。
「ん?わたしは何とも思っていないけど、あとで皐月さんにも話しておくね」
「汐嶺。もうあの家には帰れないかもしれないと、言っておく」
「えっ!もう引っ越すの?」
「それで済めばいいけどね」
思考停止して、頭上にハテナマーク出している汐嶺を尻目に俺は教室を出た。
「へぇ、かりんのお家ってなるのお家の近くなの?」
「……真横っすねぇ」
「そうなんだ」
「………大丈夫だ。まだ家には入れてない」
「まあいいよ。なるが好きなようにして」
余裕を見せつけるかのように振舞っているが、目が怖いくらいに余裕じゃないし、こめかみに青筋が立っている。さっきの出来事のおかげであまり不機嫌になっていないのが唯一の救い。
「でも大丈夫、最初に部屋に入れるのは優か皐月って決め………」
「なる?」
「まあ今日でも俺の家来ても良いぞ?皐月がベッド二つ買ってるから、一つ使ってくれて構わないよ」
そういえば昨日の夕方にメリーナが来て普通に家に入れたわ。どうしましょう本当に。
「わたしたちが泊る時のためにわざわざベッドを買っておく皐月さんって中々凄いね。ためらいって言葉がないもん」
心穏やかな日が最近ない。外では刃や仲間の補填のことを、学校では人間関係やら色んな事に乱される。何も考えないで休む日を設けてみても良いのだが、それはちょっと勿体ない。どうせ死ぬ運命だ。
下駄箱で靴を履き替えようとしたら、見ず知らずの女子生徒三人組が俺に手を振ってきた。ファンサのように俺も振り返せばキャーキャー聞こえてくる。
「あーあ。これ何回やればいいんだか……」
下駄箱の扉を開けた時だった。開けた瞬間にバンッと大きな音と共に勢いよく扉は閉められる。音に驚いた優は身体をこわばらせ、そこから後ずさりしようとする。
扉は手で押さえられていて、その腕を伝って相手の顔に視線を持って行くと見覚えのある生徒がそこにいた。いわゆる五厘刈と呼ばれる髪型で眉に剃り込みを入れていて右耳には金のフープピアスを着けている。シャツは上から三つのボタンを開けて中に着ているインナーが見えていて、入学二日目とは思えないような奴だ。
こういうのをヤンキーって言うのか。
彼は同じクラスの
こんな面白そうな人と仲良くならないのは勿体ないと思って話しかけようとしていたのだが、汐嶺にやめておいた方が良いと止められてしまったためやむなく諦めていたのだ。
何も話さずにいると鎌田はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「お前って鎌田だよな。どうした?」
「あ?何がどうしただよ。お前目立ちすぎなんだよ」
「目立ち過ぎだからってそんな怒るのはやめて欲しいな。後ろでお前のことを怖がってる子もいるみたいだし」
「ああ。あいつのことか」
目線をずらして優を窺うと、再び俺を見た。
「悪いが興味ない。それよりもお前の方がよっぽどいい味がしそうだ。そう、死の匂いだ」
「あ、そうなんだ」
味なのか匂いなのか知らないが、こいつ結局何がしたいのだ?優も怖がっているみたいだし、帰りの生徒がここを見たら変な勘違いをされそうだ。
ならばここで取れる手段は一つ。
「裏行こう。ランチの前に運動したかったんだ」
「へっ、そう来なくちゃな」
「な、なる大丈夫?」
これから起きることが優には想像が容易いらしく気が気でなさそうだ。もちろん、殺しはするつもりはなし怪我もさせるつもりはない。自分の力の危険性は自分が一番理解している。若い芽を摘むことはなしだ。
鎌田は指の関節をポキポキと鳴らして、優に指をさして言った。
「じゃあそこの女。こいつ潰したら俺とデートしようぜ」
「えっ?」
「こんな髪の毛真っ白な奴なんか嫌だろ?俺の方が強いし、絶対に守ってやれるからよ」
「えーっと。本当に?」
「ああ。こんなやつ一秒で殺してやるよ」
物凄い啖呵を切ってくるが何故だろうか、その発言のせいでやられ役にしか思えなくなってしまう。こいつはその程度で収まるような奴じゃないってことが俺は分かっているのに、第三者から見ればいいかませ犬に見える。
それに、優とデートだって?しかも絶対に守ってやる?絶対に守ることがどんなに難しいことか知らない子どもが何言っているのだか。命を懸けることは大前提で次に人生を………。
いや、違うな。そうじゃない。
人間が命を懸ける時は誰かを守るためなんて言うのはきっと違う。人を守るために命を懸ける必要なんかない。そのような人生はチープで面白みに欠けてしまう。もし守らなくてはならない人が出来た時にそう思えればいい。
そしてその役割っていうのは昔から決まっている。
「面白くなりそうだね」
弱い人間を守る役割は折り紙がやっていることだ。
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