第31話 ガチ奢り
「いや~回転寿司って最高だねぇ。どうして実家の近くになかったんだろうか」
「山しかないからよ」
「山だけならありますよね」
「山だけとか言うなよ。ほんしめじの生産量全国一位だぞ」
「そんな京都の山エピソード出してくるのあなただけよ。京都なら国指定重要文化財の建造物の数とか言いなさいよ」
「二人とも回転寿司の話から脱線し過ぎですよ」
優のツッコミは全て終わらせる。俺たちの共通認識となっていた。
桜鯛を楽しんだ後、色々なものを頼みつつ食事を楽しんだ。
皐月は宣言通り、七十皿を軽く平らげていた。だがそれだけでは飽き足らず、そこから二十皿追加していた。皐月の提案により皿は最後に入れることにしたため、テーブルの上は皿の柱が幾つか完成され、正面に座る優の顔が見えなくなる時があった。
それに対し優は、最初にはたくさん食べると意気込んでいたものの、十二皿と茶わん蒸しでギブアップしていた。それからというもの優はレーン側に座り、皐月の代わりに注文係になっていた。
そして俺は、五十皿まではしっかり食べていたが折角回転寿司に来たのでサイドメニューを頼むことにしてしまった。皐月は座りながらもその目は俺を見下ろしていたが無視し、アルコールと寿司ネタ以外をコンプリートすることを楽しんだ。
滞在時間は既に二時間を越しており、店員からは凄く食べますね……と苦笑いをされる始末。
「もういいかな。そろそろ帰る支度をしよう」
「私もアイスコーヒーで最後にするわ。優ちゃんお願い出来る?」
「……見てるいだけでお腹いっぱいですよ。人気メニュートップ10当てるまで帰れないみたいなことやってるんですか?」
「何それ?」
「テレビ番組よ」
「まあ全部食べれば当てられるでしょ。優良かったな、帰れるぞ。ほら見てろ?」
つまらなそうにぼんやりした優の心に響かせるように、返却口に皿を入れるとカランと音がする。その音に反応した優は目を皿にしてモニターを見た。五枚入れると同時にルーレットが始まる。時計回りに高速で回るルーレットのウィールをよく見ると、当たりの枠はかなり狭く、全体の十パーセント程度しかなかった。
だが、皿を入れたのは言わずと知れた不平等の時之宮鳴海だ。運要素をある程度操作できるやばい才能がある。当然運なので、限界はあるが一回程度なら当てられる。
全員がルーレットに注目する。俺の髪の毛がふわっと揺れたが気にしなかった。
やがてスピードが落ちて、文字が鮮明に見えてきた。ゆったりと止まり始めると、あたりと書いてある金の枠が矢印を通り過ぎた。そして、異常にでかい青い枠のはずれに矢印は止まった。
と思っていた。
はずれで止まったはずのルーレットだったが、急に画面外から裃を着用したちょんまげの侍のような恰好をしたキャラクターがやってきた。
「………なにこれ」
謎の演出によって俺の頭の中ははてなマークで埋まっていた。しかし、優は口角を上げて興奮している。
「凄い!これ当たりだよ」
「え?これがあたり………でもルーレットは止まってるし、これからどうやって当たりになるのさ」
「まあ見てて」
目線を画面に戻と、侍がどこからか刀を取り出す。鞘は無く、石川五右衛門がこの場にいたらガチギレしそうだ。侍は刀を振るうと、画面が真っ暗になり斬撃が映し出される。
そして戻ったと思いきや、青いはずれの枠が綺麗に切り落とされており、金のあたり枠だけが残っていた。
そして、画面に大きく『あたり‼』と表示された。
「凄い凄い!なる当たったよ‼」
優は素敵な笑顔で両方の手のひらをこちらに向けてきた。それに応じて俺も両方の手のひらを出すと、彼女はそれにぶつけてきた。
皐月はテーブルに肘をつき、顎に手を当てて何かを企んでいるかのような笑みを浮かべた。
「お、おお。凄いな本当に」
これが才能で引き寄せたものなのかそれとも本当にたまたまだったのかは分からないが、どちらにしても運が良い。
しかし問題は、その中身だ。
優は立ち上がり、転がってきていたカプセルを取る。ぱふんと楽しそうに座り、カプセルを開けた。
「見て!ウニだよー」
「お~」
ストラップを揺らしながら相好を崩す優を、皐月は何故か拍手をして奇跡を称えていた。間違いなく神が優を笑顔にしたから、その頑張りを認めているのだろう。
「神もやるわね」
合っていた。皐月は優が幸せなら何だって良いと思っているなかなか極端な人間だ。そこには普通の家族とは違う愛が存在している。生きる世界は違っても、互いが互いを支え合って人生を共有している。
俺にすら介入できない二人だけの大切なものであり、素敵なものであるはずだ。
「やっぱりなるはすごいね!」
「たまたまかもしれないし、優も出来るんじゃないか?」
一発目から狙っていたものを出せたのは俺でも驚いている。まあどちらにせよ運が絡んでいるため、何とも言えない。もう一度、今の奇跡を再現しようと優が返却口に皿を入れ始める。
しかし、ルーレットが始まったとしても先ほどのような演出は流れてこない。それどころか単純にはずれを連発している。坦々と皿を入れ続ける優を嘲笑うかのように画面には『はずれ』という文字が出てくるが、彼女は気にしてすらいない。むしろ、大量の皿を投入することにうんざりしている。
途中、アジのストラップが当たったが興味すら示さなかった。お目当てのものを手に入れてしまえばもういいのだろう。大量にストラップがあったとしても邪魔なだけだ。
皐月もコーヒーを飲むことに徹している。俺も皿を入れることを手伝おうとした時だった。
「え〰〰〰もーおあい?」
俺の耳元で可愛らしい声が聞こえる。舌足らずでまだ上手くお話が出来ないみたい。先ほどから毛先を捕まれているようで、俺は後ろに引っ張られた。それほど痛くないので、わざとではないのだろう。
ちらっと目だけ動かしてみる。三歳程度の女の子がテーブル席のソファに立って俺の髪を手すり代わりにしながらこちらの画面を見ていた。
「こんにちは」
「こんにちあ!」
「どうしたの?」
「おしゅち食べてる!」
「お揃いだねぇ~」
「うん!」
元気な挨拶と共ににっこり笑う幼女と会話と楽しむことにした。俺の後ろには、女性が三人座っていて会話を楽しんでいる。少し見た感じ高校生っぽいし、優と同じ色の制服を着ていた。
憐帝高校の生徒だ。時間的に新入生ではなく、入学式の片付けを終えた在校生。ではこの子は、後ろの三人の中にいる誰かの妹だ。俺の真後ろに座っている人がそうだろう。
「お友達と来てるの?」
「おねーちゃんたち!」
「そうなんだ~よかったね~」
「うん!」
幼児の扱い方は心得ていない。だが難しいこと言っても通じないため、こんな内容が無いに等しい会話をするしかなかった。幼女はガチャガチャに指をさして言う。
「あれでた~?」
「あれってなぁに?」
「ちーくれっとぉ」
「シークレット?」
そういえば、ガチャの中にはシークレットという何が出るかすらも伏せられている景品があるみたいだ。ウニを出たのでどうでも良かったが、何が出るか分からないと気になってしまう。
まだ優は皿を入れている最中だったため、折角ならと幼女に提案をした。
「じゃあ、当ててみよっか?」
「えっ⁈おにーちゃんってまほーちゅかいなの?」
「そうだよ。すごいでしょ」
「すごいすごい!」
その場でぴょんぴょん跳ね始めて少し危ないと思っていたが、そのどかどかという音に会話を楽しんでいた憐帝の生徒は反応する。幼女の身体をしっかりと抱きしめると、膝の上に乗せた。
その腕の中で手足をブラブラさせて暴れているが、全然抵抗になっていなかった。
「や―――!おにーちゃんたすけてぇ!」
「ありゃりゃ」
「こらぁ。真奈、他のお客さんの迷惑になることやっちゃダメでしょ?お姉ちゃんのお膝の上でじっとしててね」
「ちろのおにいちゃあん!」
「もう……。あの本当にごめんなさい。うちの妹がご迷惑を………あれ?時之宮鳴海くん?」
「……ん?」
前を向きながら、音だけで後ろの状況を楽しんでいると突然俺の名前が呼ばれた。
俺は振り返ると、ある一人の女性と目が合う。ぱちくりとびっくりしたかのような反応をして、こちらをじぃーっと見てくる。
こっちとしても、見ず知らずの人から名前を呼ばれることの方がよっぽど不気味だし、驚きたくなる。
その女性の後ろから、「あれ、めっちゃ美人の子じゃん。」「やばぁ。イケメン君だぁ~」という反応があるが、そういえば俺は入学式で周囲の視線を独り占めしていた。
視線には慣れていたのだが、あんな一斉にこちらを見てくるとは思っておらず逆に面白くなっていた。
目の前の女性は少し視線を横にずらしたと思ったら、再び俺の目を見てくる。
「あれ…………憐帝高校の時之宮鳴海くんだよね!さっきは凄かったけど、こうやって近くで見てみると更に凄い」
「やっぱり同じ高校の先輩でしたか。見たことのある制服を着ていたもので」
「そうだよ。私は二年の
「うちは
「私は
さすが憐帝高校。偏差値が高い高校は生徒の自主性に任せていることが多いので校則が緩いと聞いていた。だからこそ、それぞれの個性がすごい。蒼瀬先輩の髪色はアッシュグレーに染められているし、桐谷先輩は耳にピアスを大量につけているし、内野先輩はなんか凄いメイクをしている。
この学校では俺の髪色なんて普通になりそうだ。
「時之宮くんの髪の毛って地毛なの?」
「そうですよ。蒼瀬先輩も髪の毛染めてるみたいですけど、地毛なんですか?」
「いや染めてるって言っちゃってるじゃん!」
「おお、良いツッコミですね!」
社交的で初めて話した俺の訳の分からないボケを拾ってくる。それに、かなりの美人さんでもあるため学校でも人気がありそうな人だ。後ろの二人は真奈ちゃんの相手をしていた。女子高生の食事の場に妹を連れて来られるというのは、全員の仲がかなり親密なのだろう。
「よく真奈ちゃんも一緒に遊ぶんですか?」
「そうだよ。二人とも妹が居てもいつも仲良くしてくれて助かってるんだ~」
「みんななかよち‼」
「あら可愛いねえ」
「もう、時之宮くんも可愛いからってあんまり甘やかしちゃだめだからね」
俺が手を振ると真奈ちゃんも真似てくる。蒼瀬先輩は真奈ちゃんの自由さに手を焼いているようだが、これほど可愛ければ許してしまいそうになる。
「……あれ?君影先生ですか?」
あら、こんにちは。と俺の後ろから聞こえてくる。皐月は入学式で男子生徒の目を奪っていたようだ。あの身体は思春期の男子にとって甘美なものではあるし、目の毒だ。
それに皐月は顔も良いと自称しているし俺もそう思っているので「初恋泥棒」と心の中で思っている。
蒼瀬先輩はこの状況が理解できていないようで、混乱しているようだった。
「どうして時之宮くんと一緒にご飯を食べているんですか?もしかして……」
「ふふっ。勘違いしているようだけど違うわ。実は私、鳴海くんのお姉さんと仲が良くてね、幼少期からずっと一緒だったの。だから、姉弟みたいなものなのよ」
「あ、そうだったんですね!じゃあ、お隣にいる……あれ、水無川優ちゃん?」
「ど、どうも」
既に皿を入れ終わっていた優はこっちの会話を聞いていたらようで、いきなり名指しで呼ばれたため身体をピクリと揺らした後、自身が無さそうに挨拶をした。
蒼瀬先輩の顔が更に険しくなっていたので、皐月がすかさず話始めた。
「優ちゃんは私の妹なのよ。苗字が違うのは、家庭の事情でちょっとね」
「あ、ごめんなさい。そういうことを言わせちゃって」
「いいのよ。それより、私もこの学校が始めてのお仕事だからみんなとやっていけるか不安だったの。でも、蒼瀬さんたちが優しくて助かっちゃった。これからも仲良くしてくれると嬉しいな。優ちゃんも鳴海くんも、困ったことがあったらサポートしてくれる?」
「はい!私で良ければぜひ」
俺越しに皐月は蒼瀬先輩と仲良くなっていく。蒼瀬先輩の後ろのお二人も、指でオッケーサインをつくってくれている。
色んな経験がある皐月は養護教諭になったのは正解だったな。
「そうだ、今日は先生がご馳走してあげるわ」
いや間違いだわ。
「えっ⁈でも、お給料はまだなんじゃ」
「ここはオトナとして、見栄を張らせてちょうだい?」
「それはさすがに………」
いくらなんでも今日会ったばかりの先生にご馳走してもらうのは気が引けるはずだ。
しかし皐月は訂正することはない。自分の金じゃないからこそ、強気に出る。
「いいのよ。年上が奢るって言ったら、ありがたくご馳走になるのが後輩の仕事なのよ」
「それでも………」
「奈央。先生も言ってることだし良いんじゃない?」
「そうだよぉ。巨乳の先生は器も胸も大きいみたいだし、ね?」
桐谷先輩も内野先輩も目をキラキラさせながら、蒼瀬先輩を誘惑していた。悩んだ末、ついに彼女は………。
「えぇ………じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんよ」
折れてしまった。目の前の三人は俺が全額払うこと当然知る由もない。だが、目の前にいるのは女子高生。おしゃれをしたい年頃だろうし、ここでお金を使ってしまえば自由に使えるお金が減ってしまう。
だったら、金を持っている俺が気前よく全部支払うのが手っ取り早いし、全員が満足する形だろうな。
「「「ありがとうございます」」」
「いえいえ」
「時之宮くんも、優ちゃんもまた学校でね~」
「また会おうね」
「じゃあねぇイケメン君と可愛い子ちゃん」
「おにーちゃんとおねーちゃんばいばぁい!」
「じゃあね~真奈ちゃん」
「さようなら」
三人は皐月に頭を下げた後、そのまま店を出ようと歩き出した。真奈ちゃんは蒼瀬先輩と手をつないだままこっちを見て大きく手を振っていた。じゃあね~と皐月は三人が見えなくなるまで小さく手を振る。
まさか初めて絡んだ憐帝の生徒が先輩だったのは驚きだった。だが、折角なら同級生だけではなく自分より一、二年長く生きている先輩と仲良くなるのも折り紙では経験できなかったことなので、俺としては非常に満足だ。
ついでに三人とLINEを交換し、俺の学校生活の滑り出しは順調とも言える。
「いや~、連絡先交換しちゃった。友達百人ももう目の前だな」
「なるちゃんなら余裕よ」
「優はどうだった?あの人たち、面白い人たちだったよな」
「うん。見た目の印象がかなりすごいけど、良い人たちでよかったかな」
「俺も白髪だけど、ここじゃあ以外と普通ってことになるのかな。だとしたら面白い」
俺の高校生活は平凡なものにはならなさそうだ。いつかはあの先輩たちとどこかに出かけてみたり、勉強を教えてもらったりする。随分と快い人生だな。
「じゃあそろそろ俺たちも出ようか」
席を立ち、会計するためにレジへ向かった。蒼瀬先輩たちがどれほど食べたのか正直未知数だが、きっと女子高生だし全員スラっとしていたため一人十皿程度しか食べないだろう。
昔行った寿司屋では確か一人一万円のコースを三人で食べたため三万円で済んだ。それにここは家族連れも来るような店だ。途中から値段を見ずに注文したが全く問題ないだろう。
店員に伝票を二枚渡し、内ポケットから現金を入れた茶封筒を出した。
「まずこちらですね、三名様卓は54290円ですね」
「………え?ご、五万?」
度肝を抜かれて、画面に映し出された値段に釘付けになる。唾が飲めなかった。
いやいやこれは絶対におかしい。五万ってなんだよ。高級寿司でも一人一万なのにここでは一人一万八千円という計算になる。
「これ……間違ってることってあるんですか?」
「ないですね。店員がしっかり確認しているので」
「で、ですよね。……えぇぇ五万円って………」
「なる、あなたサイドメニュー全部注文していたじゃない。あの中に千円とかのやつもあったのよ。それなのに全部頼んでくれとか言うから」
「ああ俺のせいか」
優は呆然として、もう何も言わなくなった。皐月にも何か言いたげだったが、どこか別の方向に顔を向けていた。そういえば、皐月が250円以上の皿の寿司以外を食べたのを一切見ていない。
「……でも、なるちゃんを責めるのは良くないわ。彼が全額払うんだもの」
「そ、そうだよ~」
俺の気持ちを察して庇ってくるが優の心には一切届いておらず、逆に皐月のお腹と指で突きながら、あんなばかすか食べているのになぜ太らないのかを羨んでいた。言わなくても分かるだろう。
結局俺は蒼瀬先輩の卓を入れて62000円分支払うことになり、帰りにレンタカーの車内で計画性の無さをこっぴどく怒られた。
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