第30話 価値観

 入学式でのほとぼりが冷めた頃、俺たち一行は回転寿司を食べに来ていた。平日でピークの時間を過ぎていたため、並ぶことなく席に案内された。俺は大将が目の前で握ってくれる寿司屋には行ったことがあるのだが、寿司が人の周りを回る店には一度も来たことがない。


 それにみんなと外食をするのはいつぶりだろう。よくよく考えてみれば、やったことがないことが本当に多い。退屈することはきっとないのだろうな。


「今日はなるちゃんがご馳走するから好きなだけ食べていいのよ?」


「分かりました。なる、ご馳走様です」


 目の前に座っている優は両手を合わせてお辞儀する。そんなことされなくてもいくらでもご馳走してやるのになんていい子なのだろう。


 その横の皐月は、奢ってもらって当然みたいな顔で注文を始めた。こういうので良いのよ。まあ、俺は皐月の上司という立場にあたるので俺が率先して金を出すのは当たり前であるし、俺も昔は折り紙の皆からご馳走をしてもらった。


「じゃんじゃん食べてくれ。金はいくらでもある、優も何も気にせずに注文していいぞ」


「「よ、さすが社長」」


「打ち合わせしてんのかってほど揃ったヨイショだな」


 楽しそうだったので温かい目で見つつ、俺は店内にあったポップ広告を見た。


 本日のおススメや、旬の魚が使われている寿司を大々的に推していた。好きな寿司は特に無いので、それを頼むことに決める。


「じゃあ俺は季節限定の桜鯛が食べたいかな。それと、アイスコーヒー」


「風情がないわねもう。優ちゃんは何がいい?」


「じゃあわたしはウニ軍艦をお願いします」


 皐月が慣れた手つきでタッチパネルを操作する。皐月は大トロを頼むようだったが、一貫で350円という高級寿司を迷わず四皿注文した。そして優も一貫で250円をするウニ。


 そういえば富裕層だったな。


 折り紙に依頼をしてくる、金に糸目を付けないタイプだった。


 そして皐月はよく食べる。いや、めっちゃ食べる。今日はいくらで済むのだろうか。


「皐月、今日は何皿食べるつもり?」


「七十は食べようかしら。朝ご飯食べ損なっちゃって♡」


「食べ損なっちゃって。で食べる量じゃないだろ」


「皐月さん寝坊していましたもんね。全く、皆さんは普段どんな生活をしているのですか?時間に緩すぎますよ」


「皐月も遅刻したのかよ」


「しょうがないじゃない。普段電車なんて乗らないんだもの。時間なんて把握していないわ」


「社会じゃ通用しないぞ」


「出勤時間が早すぎるのよ。朝7時なんて、昔よりブラックじゃない」


「そりゃしょうがないね」


「二人とも諦めないでください」


 ため息混じりの声で優が言ったが、これが折り紙の実態なのだ。依頼が関わっていればちゃんと行動できるのだが、私生活は本当にずぼらで不真面目で人として何か欠落している。元折り紙のリーダーである折坂雪夜は元々この国の暗部出身だったためかなり真面目だし、俺も訓練を永遠のようにやっていた四歳歳から十四歳までは狂ったように規則正しい生活を行っていた。


 自分のことで手一杯な奴が折り紙には多かったため、他のことに頭が回らない性格になっていったのだろう。


「まあ明日から頑張るから許してくれよ」


「ごめんね優ちゃん。明日から頑張るわ」


「………分かりました。でもちゃんとやらないと今度こそ怒りますからね」


 腑に落ちなさそうだが、優もこれ以上言っても仕方ないと分かっているのだろう。優は茶わん蒸しを頼んだ。可愛いやつだ。


 真横で永遠と流れ続けている寿司を眺めていると、その視界に不思議な穴を見つけた。それは、お湯が出る蛇口の隣にある皿が一枚だけ入りそうな高さの隙間だ。返却口と書いてあるが、かなり便利なシステムだな。


 大量に食べる人にとって皿は邪魔であろう。それに店側も片付けが圧倒的に楽になるという一石二鳥のアイデアだ。


 それをじっと見ていると、怪訝そうな顔をした優が話しかけてくる。


「なる、ガチャガチャが回したいの?」


「ガチャガチャ?何それ」


「その返却口にお皿を五枚入れるとルーレットが始まって、それで当たると上にあるガチャが回って景品が貰えるの」


「へぇ、それは面白そうだな」


 片付けが楽になるためにあるわけではないみたいだ。子供はこういうの好きだろうな。


 もちろん俺も好きです。


「皐月、コンプリートまで食べれそうか?」


「無理よ」


「無理か」


 確率なら軽く弄れそうだが、全部は当てられそうにない。機械相手にそれは難しいだろう。だが、ここで俺の才能を使うときが来た。この無駄に才能があることに定評のある俺なら、一度くらい好きなものを当てることは可能だ。景品一覧をチラッと見つつ言った。


「なあ優。これの中で一番欲しいものはあるか?」


「え、欲しいもの?えーっと、じゃああのウニのストラップかな。とげとげしててちょっと可愛い」


「じゃあ当ててあげるよ」


「え、そんなこと出来るの?なるって才能はあるかもだけど、ガチャガチャで欲しいものを狙える才能まであったなんて………ちょっと怖いね」


「俺も怖いよ」


 そんなピンポイントではなく、運が良いという才能ならありそうだ。


 その後すぐに寿司が運ばれてきたが、それはかなり特殊な方法だった。


 寿司を運ぶレーンの上にもう一つレーンがある。そのレーンは注文した寿司だけを運んでくるが、なんと寿司が新幹線の上に乗っているではないか。マジで意味が分からいけど面白い!


「俺、明日も来たいな」


「そんなに新幹線が好きなの?」


「男の子はみんなこれ好きでしょ」


「男の子ってほどの年齢でもないでしょう。なるちゃんらしくないわね」


 皐月が呆れながらも、過去を懐かしむような表情をしていたことにほんわかして暖かな気持ちになる。初めてのことづくしで、子供のように何にでも注意が向いてしまうのも自覚はある。


 だがそれは、昔から何にも興味を示さなかったための反動みたいなものだ。


「昔から何にも興味を失くしていたから、今日みたいなことが楽しく思えるんだろうな」


「ならいいじゃない。将来楽しければそれでいいなんてつまらない考え方は、あなたらしくない。今を楽しめればいい」


「それもそうだな」


 別に今までがつまらなかったわけじゃない。俺は満足していたことだし。


 ただ、いつか折り紙でやってきたことが報われるわけではないと考えれば、才能を貰った意味も、命を懸けてまで犯罪をやる意味も無くなってしまう。だからこそ、この暇潰しに俺だけが理解できる価値を見出したい。


 でなけれは、本当につまらない人生になってしまう。


 この瞬間ですら、俺だけにしか理解できない程の時間にしてやろう。俺のために。


「よし、俺も七十皿食べることにするか。昨日からビアンカのご飯を一粒だけしか食べてないしな」


「なら勝負しちゃう?絶対に負けないって自信あるのよ」


 皐月は拳の関節をポキポキ鳴らしてあたかも殴り合いをするかのような雰囲気を出してくるが、大食い対決をするわけではない。ただ食べたいだけ。


 それと一生の思い出作り。俺にとっての暇潰しは人生を謳歌すること。


 無駄な時間なんて一切無いのだ。


「勝負はしないけど、とりあえず乾杯をしようか」


「ええ」


「そうですね。やっちゃいましょうか」


 皐月も優も存外乗り気だったことに意外性は感じない。二人ならやってくれると確信していた。だからこんな提案をしてみた。


 これからどれほどの時間を共有することが出来るのだろう。人間なのだから嬉しいことも、悲しいこともあるし、理解できない状況になることだってきっとある。犯罪者なんて稀有な存在が認められていいわけがない。


 もし、俺の本性が露呈して優も皐月も危険に陥ったらどうする?俺がここにいるというのはそういうことだ。その可能性も視野に入れなければならない。


 ………でも、そうだな。きっとそうだ。


 今俺は幸せなのだ。


 あらゆる危機に対応出来る能力を手に入れても、きっと考えるのはこの二人のことだ。自分の人生なんてちっぽけになるほど大切な存在が生きていることの幸せ。


 でも間違いなく、彼女たちとお別れをするときが遅かれ早かれやってくる。それは本人たちが望んでいない形であっても、運命がそう決めてしまえば仕方ない。


 彼女たちに伝えなければいけないことがある。皐月なら分かっているはずだが、優はまだ分からない。でも、俺は思うよ。



 いつか来る別れの時に、それで良かったと断言出来るような暇潰しになればいい。




「それでは皆様、グラスをお持ちください」


 俺が乾杯の音頭を取ろうとすると皐月は運転するためノンアルコールビールを、優は水を。そして俺はアイスコーヒーを空に掲げる。


 皐月が言ったように、今が楽しければ何だって良い。過去も未来も、どうせ消えて無くなるなら何も考えずに自分の気持ちを愛おしんでいよう。



「我々三人の成長と快い人生であることを願って、乾杯」


「「乾杯っ!」」


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