第32話 終わらない高校初日

 寿司を食べた後、俺は皐月が運転するレンタカーに乗って家まで送ってもらった。電車に乗るのが嫌になったからレンタカーを使って帰るヤツなんて世界中探しても皐月くらいしかいないだろう。あの自由さは誰にも止めることは出来ない。


 皐月は仲介役をやらせていなければ、一体何の仕事をしていたのか気になるがなんでもそつなくこなす奴だ。きっとその才能を惜しみなく使うのだろうな。


 因みに二人は、これから買い物をするためにどこかへ行くみたいだ。どうせなら俺も行ってみたかったのだが、女子のお買い物をする可能性があったため何も言えずなかった。レンタカーを借りた理由も、どこかに行くために借りたのだろう。


 まあ二人だけで気兼ねなく話せることもあるだろうし、俺にもやることがある。


 憐帝高校に行くということは、今まで自分を高めるために使っていた時間を授業に捧げるということだ。これは俺にとって、死活問題なのだ。


 訓練をすることにより、たとえいかなる状況においても問題なく活動することが可能になっていた。その時間を学校で授業を受けてしまえば俺の訓練時間はかなり少なることは火を見るよりも明らか。そうなると俺の身体能力は確実に落ちてしまう。


 いつでもパーフェクトでいたい俺の気持ちとは裏腹に、学校は朝から夕方まであるそうだ。ああそういうことか。だから日本人というのは土日が大切なのか。今まで毎日が休みのような人生を送っていたため曜日感覚というのがイマイチよく分からなかったが、平日は働きっぱなしだから土日こそ、ゆったりしたい。勤勉だなぁ。


 家に入ると、涼しげな風がカーテンを揺らしていた。魔法をかけたような夕焼けは影をより濃くし、少し寂しいな雰囲気は部屋を橙に染めあげる。スポットライトならば俺は今の主役にピッタリであるはずなのに、肝心の花形がいない。


 にゃんと鳴き声が聞こえ、振り向くと白猫のビアンカが足元にやってきていた。こいつは俺との時間をあまり過ごせていないため、俺より優や皐月が大好きになってしまっている。


 ちょっと悔しいが仕方ない。


 すりすりと足ににおいをつけてきたので、俺もビアンカを持ち上げてそのお腹に顔を埋めてみる。ふわふわしていて温かい。しかも、嫌なにおいが全くしない。それどころか、毛布のようなにおいまでしている気がする。さてはこいつ、ひなたぼっこしていたな。


 でもしばらくやっていると、少し不機嫌になってしまったビアンカが暴れ出してしまう。


 仕方なく顔を離しソファの上にビアンカをおろす。もう少し楽しんでいたかったのだが、これ以上やってしまうとビアンカに嫌われてしまうのでやめざるを得なかった。


 俺はビアンカの横に腰をおろした。深く座り、何もない天井を見上げて今日を頭の中で反芻していた。


 耳の聞こえない少女、連絡先を渡してきた刃の長であるA、入学式、スマホに入っている三人で撮った写真、初めてできた先輩。


 う~ん。すげー充実しているな。


 まるで純度の高い春を飲んでいるみたい。


 何かが起こるわけではないのに、それを期待させてくれるような出会いをしてしまっている。運命の巡り合わせはきっとどこかで歯車のようにくっつき、新しい道を作り出す。今日の出来事もある一つの歯車としていつか面白いことになるのだろうか。


 そう考えると、まだクラスメイトと話してすらいないが俺の学生生活はもう完璧なのではないかと思う。


 完璧すぎて、次は何を求めれば良いのか分からなくなりそうだ。俺はこれから、何を目標にしていけばいいのか。


「なあビアンカ。俺って友達100人出来るよね?」


 ビアンカを見ると、毛づくろいをしていた。俺の人生にまるで興味がない様子のお姫様は俺が犯罪者ということも知らないのだろう。餌を出してくれるなんか白いヤツ程度の認識かな。それじゃあ少し悲しいな。


 明日は、自己紹介というものをやるらしい。だが、自己紹介なんてやった試しがないためどうすればいいのだろう。


 こんにちは!時之宮鳴海です。仲良くしてください!で良いのか?それとも……。


 どうも~。時之宮鳴海ッス!趣味は犯罪っすね。よろ~!みたいな感じか?


 いや、前者は普通だし後者は秒で退学裏社会送り。普通で良いのか?分からねえな。何か特技を見せたほうが盛り上がったりするのだろうか。いや盛り上がりとか気にしないのか。難しい………。世の中の人間はこれを容易くこなしていると考えると凄いな。


 まあ何とかなるっしょ!っと俺は明日を楽しみにするため、考えるのを止めた。それから着替えようと、ネクタイを解こうとした時だった。


 部屋中にチャイムが鳴り響いた。俺の家に来客が来るのは初めてだが、何か買ったわけではなかったため、きっと皐月か優のどちらかが来たと思った俺はドアモニを見た。だが、そこに映っていたのは俺が知っている人物ではなかった。


 画面に映っている人物はまるで西洋絵画から飛び出してきたような美しい女性だ。何故か修道服を着ていた。直近でその服を着ている人間はマザーテレサくらいしか思いつかないが、その類の人間なのだろうか。


 じっとこちらを見つめており、世の男性を虜にしてしまうようなくりっとした大きな目が瞬きをすると、何とも愛おしく思えてしまう。


 可愛い。俺と同じくらい可愛いな。


 俺のレベルの高さを噛み締めつつ、こうやってずっと眺めていたいものだ。だが、ずっと放置しているのも可愛そうだったので、正直言って構うのが面倒だが話しかけることにした。


「あの~。絶対に部屋間違えていますよ」


『あ、やっとお話しすることが出来ましたね、えへへっ』


 零れ落ちるほどの満面の笑顔が画面いっぱいに映る。いざとなったら消そうとしていたので、指が切断ボタンの真上にあったのだが俺はさげることにした。男というものは可愛いものに弱いらしい。


『こんにちは!宜しければ、お家にあがらせてくれませんか?』


「いやーちょっと厳しいですね。今人が来てて……」


『え?水無川優さんと皐月さんはここにはいないですよね?嘘ついちゃだめですよ。神様に怒られちゃいますからね』


「……ああそう。キミってそっち側の人間だったのね。だったら早くそう言えばよかったのに」


『ああでも、手土産を持ってくるのを忘れてしまいました』


「まあいいよ。通すから入ってきて」


 表情を変えず幸せそうに皐月たちについて話す彼女に若干嫌悪感を抱いたが、刃が何をするか想像なんかできないため、こういったことでいちいち何か思うのは俺がどこか浮かれている証拠であろう。危機感が足りていない。


 学校生活はあくまでおまけであり、目の前の人間を殺すことが俺の目的であることを忘れてはいけない。


 解いていたネクタイを再び締め直し、俺はあの女性の到着を待った。

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