第23話 叶わない願い
4月6日。入学を前日に控えていた俺はコンビニに居た。前日にも関わらず、筆記具の用意が出来ていなかったからだ。
昨日初めて俺は、今後住む東京のマンションに訪れ、既に皐月が好きに選んでいた家具一式の設置を行い、そのままテキトーにくつろいでいた。
制服やらバッグも準備されていたため、今日は仲間の墓参りをしに京都へ行こうと思っていたはずだった。
家族の遺体を最期に拝むことは出来なかったが、総理大臣になった敷田が手を回してくれたおかげで折り紙の拠点の近くに家族を埋葬してくれたそうだ。
因みに、光原は会見をした次の日に遺体が発見されたそうだ。
「う~ん、〇・五ミリと〇・三ミリのシャーペンってどっちが良いの?使ったことないから分かんねぇ」
俺は文具選びに手こずっていた。とりあえず両方買うことにして、俺は店を出た。
そういえば俺にはほんの小さな夢があった。それは、マンションのポストを開けたら何かお手紙が入っていてそれを受け取ることだった。
だが、そんな粋なことをしてくる友達なんていないし家族もいない。
昨日も開けてみたけど、俺が住むマンションは芸能人御用達の高級マンションだったので何も入っていなかった。
しかし俺は諦めることが出来ずに、コンビニ帰りにもう一回開けてみる。
カチカチとダイアルを合わせて、中を見る。
「………え?」
暗くて良く見えなかったが、何かが入っていた。
ポストに手を入れてみるとざらざらとした感触。掴んで出すと、一通の茶封筒が入っていた。差出人も宛名も不明。中は何か入っている。
こんな物が届けば、少し不安になりそうだが────。
「やったぁ‼手紙だ!」
永遠に叶うことのない夢が一瞬にしてモノになった。俺は両手を上げて喜んだ。俺はツイてる。
すぐさま部屋に戻り、中をそれはそれは丁寧に開けた。
正直、危険物でも俺は嬉しかった。
けど違法な薬物だったらかなりやばい。監視カメラがあったのに、やったぁ!とか言っちゃった。だが、もう引けない。
慎重になりながら、中の便箋をゆっくり引っ張り出してみる。開いてみると、可愛い文字でこう書いてあった。
『時之宮鳴海くんへ
遠くでも近くでもない所からあなたを見守っています。叶うのならあなたの制服姿を拝んでみたかった。時間がない。イヤリングを送ります。
わたしの一番の宝物です。』
「………時間がない?」
何かの暗号ということではなさそうだ。時間がないということは、何かに追われていたのだろう。だが、それとイヤリングは何の関係があるのだろうか。見守る。制服姿。色々気になる単語があるが、まずそのイヤリングを見るために封筒を傾けた。
それがちゃらんと手に落ちると、俺はゆっくりとソファーまで移動し腰を下ろす。
深く深呼吸をして、心を整えた。
「……………なんで…………これが………?」
見覚えがあった。それは、俺の脳内をゆっくり掻き回す走馬灯のようだった。
「どうして……心のイヤリングが………ここに」
粼心がよく着けていたものだ。彼女はアクセサリーが好きで、自分でもハンドメイドで作るほど熱心だった。その全てを俺は把握させられていて、これはハンドメイドの中で最もお気に入りのものだった。
ドロップ型で純金のチャームが付いていてその下に三日月、しずくの順にぶら下がっている。三日月には目の代わりに小さなダイヤモンドが施されていて、しずくはピンククォーツで作られている。
なら、この手紙の書いた人物は心か。
「既に懐かしいな。これは心が一番初めに作ったアクセサリーで、これを作るためにピンククォーツを一緒に買いに行ったな。意外と安くてびっくりしたっけ」
思い返してみると、俺は姉のような、母のような、彼女に何度も救われた。俺がいまここに意味を持って立てるのは心のおかげだ。
恐らく、制服の準備も心が行ったのだろう。採寸を行わなかったのは彼女がよく近くに居たからだろう。俺のことをよく知っている。それも、怖いくらいに。
「そうだ、折角だし。これをつけておくか」
俺は洗面所の鏡の前に行き、左耳の次に右耳の順につける。左、右、とちゃんとついているか首を横に振って確認した後、右耳に髪を掛けて俺は頷く。
「うん、ちゃんと可愛い。訓練の時以外はしておこうかな」
近くにビアンカがいたので、持ち上げて鏡越しに見せるが全然興味がなさそうだった。
彼女の想いは俺が受け取った。俺はいつも通りスーツに着替えて、京都に向かった。
*
「懐かしい。というか、もう3時になっちゃった」
朝7時に出たはずなのに、遠すぎるがゆえに到着まで時間が掛かってしまった。
家族の遺体は折り紙の拠点の近くに埋めてある。家の横には天然の芝生があり、その隅っこに大きな木がある。そこの根元に彼らは眠っている。
俺は根元の少し離れた所に立つ。桜の花びらがちらちらと落ちてきて彼らに飾り付けをしてくれているみたいだ。
「ただいま。みんな」
声を掛けてみるが、反応がない。火葬されていないため、一度顔を合わせておきたかったが時間が無かったのは、彼らにも理解して頂きたい。
「終わったよ、一応ね。九紋竜も、光原は俺が潰しておいた。みんなの仕事は俺が全部やっておいた。とりあえず、お疲れ様」
ヤマガラが彼らの眠る上をぴょんぴょんと通っていく。それを眺めていれば、いつもなら後ろから俺の名前が呼ばれていた。それはもうない。
「悪いな。墓石でも買うべきだと思っていたんだが、要らないって言いそうだったからやめておいたよ」
それに、犯罪者は目立つのは嫌がりそうだし、いつかのためだ。彼らの最期らしくないが、これで良いだろう。
「水無川優と皐月は引き続き俺が守る。ついでにこの国も。だから安心して寝ていい」
「まあ、軽い報告も済んだし。これでいいか」
話したいことはある。あるはずだ。
「………憐帝高校に入学することにした。俺には、勿体ないくらいことだ」
「俺は何を学べばいいかな?」
「………いや、学ぶことなんか無いかな。そんなもの、もともと必要無いんだし」
「冒険、してくるよ」
「えぇっと。そうだな、締まらないな」
俺は何を焦っているのだろうか。話したいことなんてたくさんあるはずなのに。
ただ、侘しさだけが残る。
「折り紙の名前の由来、『真珠の子の才能ですら折って壊す』か。俺が強くなれば誰も死なずに済むと盲信してたけど………駄目だったな」
「ああ、ごめん………らしくないな。俺らしくない」
涙なんか出なかった。悲しいはずなのに。普段ならどうでもいいことが、惨めだった。
俺は人間だったはずなのに、いつからだろう。涙を流さなくなったのは。
でも、後悔していない。俺は。
家族の死すら喜んで強さに変えてみせる。そのために犠牲を出してきたのだから。
俺は、大の字になって後ろに倒れた。芝生はクッション性が全くなくてちょっと痛い。
「ああごめん、リーダーになった俺がみんなに見せる顔じゃなかったな」
くすみ一つない露草色の空を見つめれば、さらっと桜風が春を運んで来ていた。手を伸ばしても掴ませてくれさえしない世界に家族を想う。
でも、みんなはもういなくて俺だけひとりぼっち。そこには、何にもいい成果は無くって、ただ残酷な日々を選択した結末とその代償が露骨に表れる。
三月は俺にとって別れの季節なんかじゃなくて、戒めの季節だった。
もう悲しむことは許されない。彼らの想いは俺が継いでいく。彼らは俺の中で生きている。
形を変えて、時を超えて、いつかに期待をする。
バトンは託され、あとは俺が走り出すだけだ。
「俺は走り始める。悩むのは、もう終わりにするね」
俺は少し頬を綻ばせて風に身を任せて、目を閉じる。聞こえてくる色々な音色は俺を送り出すファンファーレのようだ。すぐ近くにそびえ立つ家も、なんだか今日は少し寂しそう。
十五年苦楽を共にしたこの山とも一旦お別れ。また帰ってくるとき、俺はどんな人間になっているか想像つくか?
「ふふふっ。楽しみだな」
刃との直接対決はまだまだ先だろう。だが、圧倒的な力量を目の当たりにした。さらにパワーアップが必要だな。負荷を増やそう。
異能か。俺も使えるようになるのかな。
「おっと。犯罪者なのに、人生がこんなにもワクワクしてるものでいいのかな。それとも、それが普通なのかな」
あ、そういえば。
「さっき冒険って言ったけどさ、俺って別に学校に行く必要って無いんだよね。だったら、これは冒険って言えない……」
そもそも冒険なのに結末が分かっているのは、それは冒険って言わないよな。
それに、俺って犯罪者だし冒険するのは当たり前だし……。
「う~ん、言い方ってモチベーションに関わるしなぁ────────あ」
垂り雪のように、俺の冬を終わらせる素敵なアイデアが頭に落ちてきた。
俺は冒険ではなく人生を謳歌しに行くつもりだった。
なら、答えは決まっているようなものだ。
「暇潰し………だな。犯罪者の暇潰しは人生謳歌だ」
快い。俺の高校生活にピッタリだ。
────────ねえ、みんな。言えなくなるうちに、言いたいことがあるんだ。
「犯罪者って、それなりに幸せだね」
また会えればいいと、心の底で願った。
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