第22話 A
「…………お前は悪魔か?」
「残念。犯罪者でした」
俺はジョークを言って、ふっと鼻先で笑う。男は苦虫を噛み潰したような顔をした。ここで殺すのも手だが、恐らく隠れているだけでこいつの仲間が居るはず。例えば────。
「上だな」
「何でッ⁈」
俺は上を見ることなくバックステップで攻撃を躱す。地面に着地した女を見ていると、右から拳銃を向けた男が俺に向けて発砲する。
「……避けられた?」
首を後ろに傾けることで避けることには成功したが、少し戸惑いが生じていた。
日本で確認されている真珠の子の人数は俺を含めて四人。しかし、俺が知らない真珠の子を有していると思われる白髪の人間が三人現れた。
「ここまで来ると怖いな。不平等の生まれる確率は、およそ16億分の1。世界にも真珠の子はいるが、精々四人程度。アメリカですら六人だぞ」
「……刃には三八名の真珠の子が居るよ。数十年の研究の成果で、真珠の子を作るメゾットが完成した。でも、九割以上は異能開発中に死んじゃうんだけどね」
俺が蹴り飛ばした男が勝手に話していると思っていたが違ったようだ。センター分けの前に立っている女が話しているわけでも、発砲した男が話しているわけでもない。
なら、この声の主は誰だ?
「初めまして、鳴海くん。私の名前はそうだなぁ………とりあえず
「わざわざ東京に出向いたのに、俺の後ろから話しかけるのは目が見えないとか?」
「ううん。ずっと君を見ていたの。本当だよ。嘘の無さそうな真っ白い髪の毛の君を、ね」
君たち去っていいよ、と後ろの人間が言うと俺を襲った二人はすぐさまその場から消えていく。どうやら刃のボスと言うことは、本当のようだ。
俺は探るように後ろにいる人間に声を掛ける。
「あの手紙はお前が書いたのか?」
「そうだよ、だから鳴海くんは私たちに接触するために無人の車両基地を用意してくれたんでしょ?」
「理解が早くて助かるよ」
「にしても、この子はおバカさんだね。鳴海くんが二か月以上居ないからかなり焦ってたんだよね。だから新宿駅のカメラ映像一か月以上も改ざんしちゃってるの」
「まあ、そうなっても仕方ないよ」
こいつが、『刃』の頭か。俺みたいな性格をしている。
「後ろに立つのは辞めて、俺にその端正なお顔を見せてくれないか?」
「うん。良いよ」
俺はそのまま動かず、それを待つ。
石の上を歩く音が横切って声の主は俺の正面に立つ。彼女は目を瞑っており、そのまま俺を見上げる。その状態でも分かるほど、彼女は息を呑むほどに美しい容姿をしていた。膝下まである優美な純白の髪、真っ白な肌、身長は155センチ程度で凹凸のある身体。
白と黒のストライプ柄のニットと脚のラインが綺麗に見えるデニムを履いている。
「どう?スタイルも良いし美人でしょ?スキンケアとか色々こだわっているの」
手の甲で星のような髪の毛を掬い上げて、それをアピールし始める。
「ああ。真珠の子と言っても過言ではないな」
「ふふっ。嬉しいなぁ。君から言われるのが」
クスッと口元を綻ばせて、少し赤くなる頬と一層柔らかくなる表情を見て、敵ながらも可愛いと思っていた。
「お前、何が目的なんだ?」
「私は、鳴海くんが欲しいだけだよ」
「そんなことのために、折坂たちを殺したのか」
「そうだよ。でも、鳴海くんたちは折り紙だもん。悲しまないでね?」
「ああ、その感情とはさよならしたばかりだ」
「えらいえらい」
白髪の女は背伸びをして俺の頭を撫でる。一度俺は彼女を睨んでみるが、何も反応
がない。
「勘違いしてたら悪いが、お前俺より年上だろ?小さいから子供っぽいと思われたくないんでしょ?恐らく、一〇コは離れてるかな?」
「正解…………。そんな言い方しないでよ。おばさんみたいじゃん………」
普通に当てに行ったら、それを言われるのを気にしていたようで、石を蹴って分かりやすく拗ねる。俺としても、そういう反応をされるとは考えていなかったので、気がそがれる。
「なんかごめん」
「べ、別に気にしていないよ?…………うん」
「めっちゃ気にしてんじゃん」
「そんなことよりさ、鳴海くん。憐帝高校に入学するんでしょ?」
「……いきなりだが、まあそうだな。それがどうした」
「いいよ。行って」
「………は?」
「東京を訪問した理由は鳴海くんにそう伝えるためだったの。私は君を殺すつもりなんてないし、君も私を殺す気はないよね?」
俺の考えはどうやらバレバレだったようだ。彼女を殺したらその部下が何をやらかすか分からないから、下手に動きたくはない。ましてや、ここで死ぬつもりはないのでリスクを負いたくは無かった。
「どうして?お前に得なんかないだろ?」
「いや、私は君に見てほしいの。この国を、世界を。裏の世界は十分知っているとは思うけど、表はあんまり知らないでしょ?だから、それを見て、絶望してほしい。そうすれば、私たちの理想を追求したくなるはずだよ」
「理想……?」
「うん。────────一般人の皆殺しだよ」
「…………はぁ?」
鮮明に聞こえた狂気的な事実に耳を疑った。でも、彼女の言葉に嘘なんか感じなかった。甘美な声から発せられた、ガラスの破片みたいに鋭利な殺気。
放っておいたら、確実に全人類を殺す。真珠の子を除いて。
「殺すよ、そのうちね」
「そんなことを言えば、俺が止めないのを分かっていないお前じゃないだろ」
俺は姿勢を少し低くして構えようとすると、彼女はボクシングの構え方をする。だが、その構え方は不自然で、何故か脚がピンと伸びたままだった。
「………その構え方はなに?」
「うーん、お姉さんちょっと戦うのは慣れていないの」
「あ、そうなんだ………」
俺の反応に少し戸惑って首を傾げてしまう。刃のボスならば、この程度知っていると思っていたが彼らに普通はないみたいだ。
というか……お姉さん?皐月みたいなタイプのやばいヤツなのか。
構え方はどう考えても素人だが、彼女からは異質な何かを感じる。それも、人間ではない何かだ。異能力者を束ねる組織の長なら、強いのは確実だろう。
さて………。
「おい!ここは立ち入り禁止だぞ!!」
「「え?」」
俺とAという女は構えるのを一旦止め同時に声のする方を向くと、警備員であろう者がこちらに歩いてくる。
ここを見られたのは予想外だが、刃としてもこれ以上続ける気は無くなっただろう。
「……見られちゃった。あーあ、なんだか白けちゃったなぁ~。折角面白くなってきたのに」
そう言ってしょんぼりした顔になり、あからさまにご機嫌斜めになる。
「それに関しては同意見。犯罪中に第三者が介入してくると面白くなくなる」
「あ、じゃあいいものを見せてあげる。今回だけは特別だよ?」
「いいもの?」
「うん。私たち真珠の子だけが、その階段を登れるの。その先にあるものだよ」
「……どうやらその脅威を見せてくれるんだね」
「私じゃないけどね。
「かしこまりました」
彼女が命令したのは、あのセンター分けの男だった。既に再起しており、顔の怪我を気にしている素振りはなかった。
奏は指をパチンと一回鳴らす。
「時之宮、見ておけ。これが真珠の子と凡人の違いだ」
すると、目の前に科学を超えた世界が俺を迎える。
線路に大量に落ちている石の中の一つが宙に浮かび始めたのだ。
「…………おお。……凄い」
嘆声をもらしてしまうほどのものだった。
俺は石を触ろうして近づく。浮いている石には何も変哲も無く、仕掛けがあるように見えない。それどころか、もう一つ、さらにもう一つと石が浮かび始めて何かトリックがあるというわけではないことが分かる。
衝撃を受け、驚くどころかむしろ引き込まれていった。俺の中の欲望に雷が落ちて、不平等という才能の底の無さを、永遠と実感させてくれる。
「…………面白い。異能を得ることでの副作用は何かあるの?」
「何もない。使用した後も、運動したような感覚になるだけだ。お前も訓練すればこうなる」
九割は死んでいるはずなのに、俺に対して断言してきたのはなぜだろうか。
そんなことを考えているうちに、浮かんだ石の数は百を超えていた。
「………で、これからどうするの?」
「まあ見ていろ」
もう一度指を鳴らすと、浮いた石が警備員目掛けて飛んでいく。それも、とんでもない速度で。
「お前たち!出ていっ…………!」
「まじっ⁈」
一つ目の石が警備員の顔面を直撃して貫通する。それを皮切りに、大量の石の雨にさらされる。一撃目で確実に絶命したが、浮かせた石が警備員の肉片を壊すまでそれは続いた。
異能の効果が切れる頃には、辺りは血の匂いが広がり遺体の欠片なんて微塵も残っていなかった。
「………うっ。人間の血の臭いは慣れないですね」
気持ち悪そうに鼻を押さえてえずく。人を殺した経験はあまりないのだろか。
「奏。いい加減に慣れて貰わないと困るよ、鳴海くんは平気そうだね」
「そりゃな。だが、いい加減にここから離れなきゃいけなくなった」
「だね。殺す必要ない人間を殺しちゃったからね。ところで……異能はどうだった?」
「ああ……」
ただ、一つ疑問が生まれた。
「なあ奏。お前は、記憶を弄る異能だと思っていたんだが違うのか?」
「オレではない。違うやつだ」
「そうか………なあ、俺も浮かんでみたいんだがやってもらえないか?」
「え………いや、無理だ」
見た感じ、奏という男は「物体の移動」だろう。そして、生きているものは浮かせられない。持ち上げられる質量はどれほどなのだろうか。Aという刃の長は「未来が見える」だろうか。だが、目を開けていないのは何か能力と関係があるのだろうか。去っていった男の異能は恐らく「気配の操作」。女の方は「身体の強化」という感じだろうか。
さっきの二人、女の方はいきなり現れた。電車を飛び越えて攻撃したのだろう。俺も出来るが、かなりの時間は掛かった。彼らが普段から身体を鍛えているとは到底思えないし、不平等ならそんな心配しなくてもいい。
男の方は気配を一切感じ取れなかった。それにAが背後に回っていたことは全然気が付かなかった。殺気が一瞬感じたおかげで対応出来たし、あの女も直感で感じることが出来た。俺の経験上、人を仕留める時は殺気がある。それは慣れていなければ、顕著に表れる。つまり、彼らの大半は殺人に慣れていない。
他者に干渉したり、自分の身体を強化したり、本当に分からないな……。
そういえば、Aの質問に答えていなかったな。
自分が持っている知識、経験この世界の常識が全部壊された。そんな時、俺は。
思わず顔がニヤついてしまい、口元を左手で隠しつつ正直に話した。
「正直言って、嬉しかったよ。俺は今のステージから上がるつもりだったんだ。異能を間近で見られたことは良い経験だ」
そして新しい壁が見えた。面白くなりそうだ。
「そう言って貰えて嬉しいな。もう一つ聞くけど、どうして鳴海くんは国民を守るの?」
彼女は手袋を脱がせてくると、俺の右手に触れ、手のひらに「人」の文字を指で書いて、それをパクっと飲み込む。
別に緊張しているということではない。この馴れ合いの時間を楽しんでいるようだ。それに、彼女にも緊張感はない。どちらも絶対に仕掛けて来ないと分かっている。
「え、何となく……かな。理由なんてないよ」
「ふふっ、嘘が上手いね。他の人なら騙されるけど。お姉さんはそうはいかないぞ~☆」
そう言って、後ろで手を組んで俺の心を覗くように上目づかいをしてくる。
「バレちまったか」
「鳴海くん。君は、犯罪者なのに人を守るの?それとも、犯罪者だから人を殺すの?」
「俺は、国民のことが全員大好きだからみんなを守るんだよ」
「……それは矛盾しているのではないか?全員が好きと言うことは全員平等ということのはずだろう?」
「奏……」
近くで聞いていた奏が野次を入れる。すると、すかさずAが睨みを利かせて奏は再び木のように静かに立ち竦んでしまう。
目を閉じているはずなのに、恐ろしいものなのだろうか。
俺は、あの日を思い出す。あの日、初めて殺意を覚えた日だ。その時から既に知っていた。理不尽な世界、悲惨な環境、目を瞑っても光のように瞼を透過してくる事実。
法律も常識も倫理が通用しない世界に住んでいることを。
守ってもらえることの奇跡さを知った日から俺は変わった。
「まあまあ、確かにそう聞こえるかもしれない。だけどね、だから殺せるんだよ」
「平等だからこそ、だね。犯罪者も一般市民も。鳴海くんにとって何も違いはない」
「ああ」
にしても、やけにこいつは俺への解像度が高い気がする。だが、こいつの立場を考えれば何もおかしなことはないか。
「いや~。今日は本当に鳴海くんとお話出来て良かった。あ、本当に憐帝高校に行っていいよ?逆に行ってもらわないと困っちゃうレベルだし……」
「奏って子がボコボコにされたからでしょ?」
「お、せいか~い。さっき見て分かったけど、肉弾戦で対抗できそうなのは二人しか居ないからさ」
「ぐぬぬ……」
針が刺さったかのように、奏は胸を押さえてショックを受けていた。なんか少し可哀そうに見えてくるが、やはり殴り合いは分があるようだ。
どちらにせよ、異能というアドバンテージがあるのでそこはさほど変わらなさそうだ。
「ここで長居してもすぐに警察が来ちゃう。じゃあね、鳴海くん」
きびすを返し、歩き始める。奏は少し後ろを着いていく。
「………皐月と水無川優は」
「大丈夫、あの二人には手を出さない。今回は鳴海くんの勝ち、奏の負けで終わり」
「嘘……ではないみたいだな」
「あ、あと憐帝高校に私のお世話係の子を送るから仲良くしてあげてね」
「……は?」
背中を見せて止まることなく重要なことを軽く言ってくる。なんだか普段の俺と似ているような……。ああいうのが上に立つと部下は大変そうだな。
俺は多分違う。うん。
「じゃあね、すてきな人生を………」
二人は電車の先頭のところで曲がって、住宅街に向かおうとする。
俺は彼らが見えなくなるまでそこにいるつもりだったが、俺も追われるかもしれない身。すぐに去ろうとしたが、彼に一言かけていた。
「岩井、またね」
空き缶と破壊したスマホを近くのゴミ箱に捨てて、線路から出る。
俺はそのまま走り出した。どこに行こうか、決まっていたが自問自答をした。
ああそうだ、ケーキでも買っていこうか。いや……お金無いや。お土産でも思っていたけど、あの二人は甘いものはあまり好きじゃなかったな。
たくさん迷惑かけたし、しばらくは大人しくしておこうかな。約三カ月間は働いたから休憩が欲しいな。給料でパーティーしよう。
肉とかケーキとか、各自好きなもの買ってきて歓楽を過ごそう。
優のお祝いも、皐月の仕事納めも、そこで労おう。
そしたらすぐに学校かぁ~。勉強大変そうだなぁ、ついていけるかな。
友達も百人くらいは欲しいし、学校行事というものもやってみたい。
あ、その間も訓練しなきゃだし、時間が減る分質ももっとあげなきゃいけないな。
異能かぁ。不平等の限界の上も見ることが出来たし、何だか忙しない日々になりそうだ。
ああ、それはそれで楽しみだな。
そうだ、俺は俺に聞きたい。
『────────この人生は不幸か』
不幸なんて、結局俺が決めるものだ。客観さは不要だったな。
あ~でも、これじゃ優に失礼だな。
俺のために躍起になっていたのに。彼女の頑張りを無かったことにしてしまう。
なら、そうだな……。
………そうだ。
俺は、俺の人生を謳歌しよう。何かに縛られた俺では無い、世界で最も幸せな俺を彼女たちに謳う。そうしよう。ただの時之宮鳴海として。
*
二人の住んでいるマンションに着いた。
「結局、何も買ってない……」
皐月に豪語したのが少し恥ずかしい。削除したいがもう遅すぎるな。
俺はエントランスに入ってインターホンで二人の部屋を呼び出す。カメラが付いていたので、お土産の有無がばれてしまう。やらかした。
呼び出し音が三回鳴ると、その音が切断される。
『………』
「あ、どうも~」
プツっ、という音と同時にドアが開く。
「何も……言われなかった」
大言壮語をかましておいて土産の一つも無いことを、怒っているのか。
小言を言われないのを願って、俺は中に入ってエレベーターに乗り込む。昇っていくにつれて、気分が落ち込んでいきそうになっていく。
思春期の女の子からあの反応はきつい………。永遠に味わうことのないお父さんの気持ちを先取りしたのは……まあ、良い経験で済まそうか。
最上階に着き、部屋の前に立つ。扉を開ける前になんて言い訳しようか考えたが、やめた。
ドアノブに手を掛ける。それを引いて、控えめに。
「お邪魔しま~す」
中を伺うと、誰も居ない。いや、恐らくリビングには居るのだろう。そっと入って、靴を揃えて足音を立てないように忍び足で歩き始めると、どかどかとこちらに向かってくる足音が二つ。
どうやらお土産なんて要らなかったようだ。
その姿が見えると、俺の方に勢い良く飛び込んで来る。そのまま抱きしめるように二人を捕まえると、倒れないように踏ん張り二人は俺の胸の辺りで落ち着いたので二人の頭を撫でることにした。
皐月は嬉しそうに、優は気恥ずかしそうで少し瞳が潤みながらこちらを見上げる。俺もなんだか、面映ゆい感じ。だが、これはそういうもので良いのだろう。
「「おかえり」」
二人は俺にお月さまのような笑顔で言った。
前哨戦は俺たちの勝ちだ。だが、これでイーブン。やっと戻っただけだ。俺はこの二人を守るためになんでもやる。そうだろ?
「ただいま」
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