第17話 彼なりの覚悟

 新宿駅に着くと、従業員が俺のことを待っており、関係者専用の通路に連れて行かれる。俺の存在については、二か月間潜伏していたということもあって現在死亡ということで扱われている。なので、政治家の中で俺が生きているということを知っている者は敷田を除いていない。ならば、なぜ光原は折り紙に依頼を出したのだろうか。


 関係者用の場所に連れてこられたのは、そのための配慮だった。


 政府関係者が協力者にいるのは実に素晴らしい。


「では、わたしはここで」


「ありがとうございます」


 扉の前に着くと丁寧にお礼を伝え、その場から立ち去ったのを確認して俺はノックを四回して、中の許可を待たずに扉を開ける。


 部屋の中は、中央に丸テーブルとイスがあるだけ。


 そして、二人の男性が座っている。一人は社長でもう一人は副社長だ。この副社長が依頼を出した光原の関係者である。


「ま、まあ座ってくれ」


「失礼します」


 社長に言われ、扉に一番近い椅子に座って二人をなめまわすように見る。二人の唾を飲み込む音がよく聞こえるほどの静かさからは、かなりの緊張が伝わってくる。


 会社の存亡が掛かっているのでそれは当然だが、それが永遠に続いても何の解決にもならないし、緊張は伝染しやすい。俺には無害だが、いざとなったときそれは邪魔になる。


「まずは、じ、自己紹介からだな。社長の柏木だ」


「副社長の岩井です」


「柏木に岩井ね。俺は時之宮だ。よろしく」


「ほ、本物ですか?」


「ああ、本物だ。サインでも書こうか?」


「「…………」」


 この空間を出来るだけ良くしようと思って言った冗談だったのに、余計空気が重くなった気がする。二人の顔が更に引きつったものになった。


「冗談だ。それで、依頼内容を聞こうか」


「分かりました。まず、忙しいのにも関わらず来て頂いてありがとうございます。大前提として、ここでの会話はメモをしないで頭の中で整理してもらえると助かります」


「分かった」


 岩井が話し始めたのを同時に、俺もおふざけの態度を改める。


 岩井は立ち上がると四通の手紙を俺の目の前に置く。何も書かれていない真っ白な洋形封筒。その一つを手に取って開封する。


「『2月14日、新宿駅を爆破する。」………もう過ぎているな。他の三通もそうなのか?」


「はい。日にちは全て違いますが、もう実行日は過ぎています。なので、この四通はイタズラだったということで処理しました」


「そういえば、新宿駅に爆破予告が送られてきたってニュースを見たな」


「ええ。ですが、この国の情勢を見てみれば全部イタズラということになっています。実際に、被害は出ていませんし、お客様に不安を与えるよりかはそうしたほうが、こちらの為になりますので」


 残りの三通も開けてみると、それぞれ違う日程が書かれている。そこに何かの関連性などは無さそうなものだった。だが、全てに共通点があった。


「手書きではないのか。よっぽど遊びに真剣なんだな」


「手書きではないということは、この会社の者なのでしょうか?それなら筆跡で特定することは出来ませんし」


「さあな。そもそもこの手紙はどこにあったんだ?」


「どこにあったかと言えば、どこにでもあります。例えば、ドアに挟まっていたとか、トイレに落ちていたということもありました」


「ええ……聞きたくなかった情報があったぞ」


 その聞いた情報通りならば犯人は駅員関係者になる。だが、それなら簡単に捕まりそうだ。監視カメラの一つにでも、怪しげな行動を取っている者がいるのならばそいつを特定すればいい話だ。


「監視カメラの映像は何かないのか?」


「それが………改ざんされていたのです。確認したところ、その手紙があった近くの場所の映像を一か月分振り返ってみても人影一つ現れませんでした」


「改ざん………ここでもか」


 呟くように発した言葉が聞こえなかったのか怪訝そうな顔をするが、なんでもないと否定しておく。


 間違いなく刃である。


 記憶の改ざんが出来る相手がいると考えていたが、記憶ではなく記録も改ざん出来るのか?いや、違うか。そんなことは不可能だろう。機械の記録も改ざん出来たら、それはもはやそれは脳の電気信号を操れるというレベルだ。


 だとしたらそれは俺が勝てる相手ではなくなるな。


 ポジティブに捉えるなら、ここの職員の記憶を改ざんしてここに乗り込んで映像をすり替えた。というシナリオが完成する。尚且つ、焦りも見える。


 だが、そんなことよりも気になったことを聞く。


「なあ、岩井。お前どうやって折り紙に依頼をしたんだ?折り紙のルールはもちろん知ってるよな?」


「ええ。推薦を受けるルールでしたよね。………実は、私の親戚に政治家がいるんです。その方に頼んで折り紙を依頼して貰ったんです」


「政治家ね。想像は付くから言わなくていいよ」


 光原が推薦?意味が分かんない。


 そもそも折り紙を壊滅させようとしたのはあいつである。それに折り紙は全員死んでいると勘違いしているのは光原だ。死んだ奴に依頼する……。


 いや、そういうことか。


 折り紙が死んでいると勘違いしているのは現段階で、敷田を除く政治家たちだけだ。それも大臣クラスの。だから、政治家ではない一般の折り紙の利用者はそもそも折り紙削除計画のことを知らない。だから、安直に死んだなんて言えないはずだ。


 ならここから考えられるのは、光原は岩井に頼まれたが折り紙が死んだとは言えずに、代わりに折り紙を管理している敷田にそのことを丸投げしたのだろう。だが敷田は俺が生きていることを知っているから都合が良かった。


 つまり、光原は俺が死んでいると思っているけど、敷田には内緒にしているからまあ平気だろ。的な感じでこの依頼を放り投げたのか?


 折り紙はそんじょそこらの権力者とは違う。力の権化だ。それが死んだと言えば、パニックになる。そして、折り紙に依頼した者たちは基本的に犯罪に加担しているということになる。その情報を管理している折り紙が無くなってしまえば、履歴が流出する可能性が高い。


 そんなことがあれば、間違いなくこの国は終わる。


 …………………いやいやいやいやいやいやいやいや‼


 あいつ面倒なことしすぎだろ‼一歩間違えれば国崩壊するわ。


「…………まあ、命張らせていただきます……」


 単純に頭が上がらなくなってしまう。急に態度が変わった俺を見て、岩井は目が点になる。


 マジで変なのに巻き込んでごめん!


 心の中で謝ったところで、なーんも意味ないが俺の気持ち的な問題だ。


「ふむ。そうと決まればよろしく頼む!」


 今まで一言も発しなかった柏木が立ち上がって、ここぞとばかりに握手を求めてくる。今の俺はあまりのことの重さに放心状態になりたかった傀儡だったので、手を出して思い切り握られるとぶわぁんぶわぁんと空を切るように上下に振ってくる。


 何でここだけ元気なの?さっきあんなに静かにしていたのに………。


「よろしくお願いいたします。でも、本題はこれからなのです」


「まだ何かあるのか?」


 再び岩井が話始めると、また柏木はちょこんと座り身を小さくして聞くことに専念する。


 なるほど、悲しいな。

「はい。実はそれとは別で、もう一通手紙が来ていたのです。発見したのは二日前の3月18日、発見場所は社長室の床に直接落ちていたと柏木さんから伺っています」


「ああ。出社したときにそれを部屋で拾ったんだ。正直私は管理がざるだからすぐに岩井君に渡したので中身は見ていない。だから、今からその内容を君と確認しようと思う」


「それは良い判断だね」


 自分の性格をしっかり理解している。恐らくこういうタイプは、危険が迫ったらあたふたする感じだろう。なので、自分だけでは見ずに待ったのは良い判断だ。


 そして、岩井はスーツのポケットから黒い洋形封筒を取り出して渡してくる。封はしておらず、接着の部分を触ってみても岩井が開封した形跡はない。元々この状態だったのだろう。


 中身を取り出すと2枚の白い便箋が入っている。


 三つ折りにされたものを開こうとする。俺の後ろに二人がやって来て三人で見る形だが、岩井は本当に見ていないのだろうか。


 俺はその二人を気にすることなくサッと開く。


「…………これは………なんだ?暗号?それとも、何かの文字か?岩井君、分かるかい?」


「いえ…………全く分かりません。こんなのを読める人が居るのでしょうか?」


 それは、とても普通の人間が解読できるものではなかった。『〇』やら『ノ』のような記号の羅列が三行並んでいる。これを日本語に当てはめて解読するのだろう。


 それにこちらは手書きだった。


「時之宮さん。なんて読むのか解りますか?」


 不安そうに聞いてくるが、俺は表情を一切変えることなく淡々と話す。


「そうだな………時間があれば解読出来なくも無さそうだ。だが、この暗号が正式にあるものではなく、これを出した者が個人的に作りだしたものであった場合は不可能だな。」


「……確かに、そうだとしたら解読するのは非常に困難……というよりもそれに時間を費やす方がもはや無駄な気がしますね」


 俺が今まで見てきた暗号を全て記憶のそこから引っ張り出してくるが、これと似ている暗号すらない。同じ記号が複数回使われているがそれが同じ読み方をするかは不明だ。


「も、もう一枚には何が書いてあるんだ?暗号を解読するためのヒントがあるかもしれないぞ」


「そうだね、なら見てみようか。あと、地味に痛いので離してもらえないかな」


「おっと、すまない。すこし緊張してしまっていた」


 封を開けようとした時から、催促してくる柏木に後ろから両肩を掴まれていた。話が深刻になっていく度に、掴む力が強くなりしまいには爪を立ててきた。


 緊張するのは分かるし俺の肩が役に立っていたのなら別に良いのだが、これ以上に複雑なものだったら、俺の肩に穴が空くのではないかと心配になる。


「まあ俺の肩だったら二つだけ貸してやるから、静かにしてろよ?」


「わ、分かった」

 そして、もう一枚の方を開いてみる。ヒントを期待した俺だったが、その思いは打ち砕かれることになる。


 その文字は日本語でとても丁寧な文字だった。


『時之宮へ。

お前がここに居るかどうかはオレには分からない。

だがこれを解こうとした時、私はキミの未来で待っている。

3月22日の朝の7時に仕掛けた爆弾が作動する。

止めたきゃ好きにしろ。』


 それはただの果たし状ではなかった。


 『私はキミの未来で待っている。』その一言は、俺が見ている未来が見えていることを示唆しているのか。それとも、俺の未来を待つということは予想通りの未来を望んでいるということなのか。


 二行目の文では、一人称は『オレ』で二人称は『お前』である。しかしながら、三行目の文では『私』、『キミ』と呼び方が全く違ってきている。


「何ですか…………?この文は………奇妙ですね」


「なんだろうな。というか、俺の名前が書かれているのはどうしてだろうか」


「この犯人は、時之宮さんの知り合いなのでしょうか」


「さあ。だが、少なくともこんなことをするような知り合いはもう居ないけどな」


 どういう意図があってこんなものを入れてきたのだ?


 俺と戦いたいのか。戦うならこんなあくどいものを書いてくる必要はない。


 しかし狙いが分かった。この爆破予告、これは本物であろう。間違いなくそう断言できる。


 三行目以外は同一人物が書いている。しかも、こちらは手書きでご丁寧に書かれている。


 刃であり、三行目を書いた人物は刃の頭。他の文を書いているヤツは九紋竜の拠点で話しかけてきたあの男か。俺にはそう見えるがどうだろうか。


「と、とにかく!奴の目的は分かったんだ。時之宮、この件は私たち以外知らない。従業員も含めてだ。情報が洩れればこの駅を利用する客に不安を与えてしまう」


「ああ、そうだな」


「アンタの言うことには何でも従う。だから………爆発だけは何とか阻止してもらえないだろうか?頼む‼報酬なら幾らでも出そう。一億でも一〇億でも好きなだけ請求してくれても構わない。どうか、この通りだッ‼」


 手紙を眺める俺の横で突然慌てふためき、しまいには土下座までし始める。それを見て自分も、と思ったのだろうか岩井も同様に土下座をする。それを横目で見て思う。


 止めてくれ、全て俺が悪いのに。頭を下げないでほしい。


 もともとは、折り紙と刃と総理大臣である光原が交わったのが始まりだ。光原の身勝手さから始まり、刃の目的と合わさって、折り紙は弱さが露呈した。


 故に、それの二次被害に巻き込まれているお前たちは被害者だ。


 仲間は死んだ。色んな奴に迷惑を掛けたかもしれない。それでも、色んな奴を救ってきているのも事実だ。だから、それはもういいだろう。だから折り紙が、迷惑を掛けているというのならば。



 今は、俺が。全て俺が責任を持つ。全て守る。



「気にしないで良いよ、別に金には何の興味も無いし。ただ、俺はいつも依頼者に言うことがあるんだ」


「な、なんだ?」


「それはね」


 頭を上げたのは社長の柏木だけ。だが、そこは責任者に背負ってもらおう。


「折り紙に依頼をするっていうのは共犯者になるということだ。基本的に標的は殺すということになっているからね。つまり、今日から柏木と岩井は犯罪者として生きてもらうことになる。別に捕まるわけじゃないし、俺たちが脅迫するということもない。けど、もし情報が洩れたら共倒れする可能性がとても高い。つまり逮捕されるということになる」


 柏木は頷いて反応する。岩井は冷たそうな床にまだ頭をつけている。


「逮捕されても俺たちは何の責任も取れない。バレたら俺は最悪自害するからね。これまで積み上げてきたものとおさらばすることになる。きっと最悪な未来になる。それでも良いというのならば立ち上がって、俺の手を握ってほしい。そして、手を握ったのなら約束してほしい。この国で、死ぬまで懸命に働いて、静かに生涯を終える。そして、人に優しく生きることを。まあ、最後のは俺の勝手なお願いだけどね」


 俺は椅子から立ち、右手を出す。そして、彼らの反応を待つ。


 この時がいつも一番長い時間だ。俺が言っていることは、軽犯罪だったとしても折り紙に依頼したのなら一緒に地獄に足を突っ込めということだ。いくらでも迷っていい。


 いくらでも抗えばいい。初めて会った奴らに人生の全てを預けるには、この時間は軽すぎる。


 だが、彼は既に腹を決めていたようだ。


「わ、私はァ!!父からこの会社を託されたんです‼尊敬していた父でした。でも………私は……父と比べて全然仕事は出来ず、ただの置物として………社長という場所に居ます……今日だって!私は役に立てなかった!弱いんです………私は」


「弱くても、役立たずでも良いじゃないか。お前を助けてくれる人はお前だけではない。横の岩井だって助けてくれるだろう?」


「彼は……優秀です。それも私とは比べ物にならない程に、うっ……これが終わったらこの会社は彼に渡します。っ………。彼には家族も居ますし、子供が今年から小学生になるそうなんです」


「ええ、そうみたいだね」


 嗚咽が聞こえるたびに感じる劣等感。彼なりに頑張っていた。だが、その壁に打ちひしがれたのだろう。俺には分からない。運や環境に恵まれたおかげだろう。


 柏木は立ち上がり、スーツの袖で涙を拭い捨てる。


「後悔は終わったのかい」


「はい。私、柏木正道かしわぎまさみちはあなたと共に突き進みます。だから、岩井だけは見逃してもらえませんか?私は文字通り全てを捨ててみせますから」


「別にいいよ。でも、その代わり彼はこの件に一切関わらないという条件を付け加えるのならいいよ」


「出来るか岩井君」


「ええ。社長がそういうのなら私に異論はありません」


 岩井は立ち上がり、俺を直視する。


「よし、ならば契約成立だ。俺も死力を尽くす事を約束する」


 俺は柏木が手を伸ばすのを待たずに、右手を掴みにいき、固い握手をする。


 そして、もう片方の手で岩井の左手を掴む。


「二人とも、よろしくな」


「「よろしくお願いいたします!」」


 こうしてこの場での密会はここで終わり、俺は再び関係者通路から出口に向かおうとした。二人は何かを話すようで、俺はさっさと帰る。


 部屋から出る前に柏木と連絡先を交換したので、また明日何かが来るだろう。


「さて、帰るところと言ったらあそこしかないよなぁ」


 俺は新宿駅で電車に乗り込み、ある場所の最寄り駅で降りると、全力で走って目的の場所まで走る。夕日が綺麗な時間にこんなに走るのは、まるで門限をしっかり守ろうとする子供のようで自分でも面白おかしくなってくる。


 そうして着いたのは、俺が拠点にしていた地下に行けるマンホールがある公園だ。

 なんと言ってもこの公園には水が出る蛇口があって、飲み放題。そして、地下に行けば雨風を凌げて、スマホの充電がし放題。最高な場所だ。


「……………はぁ」


 嫌だなぁ。安全を考えたら最適なのは間違いないけど、自分の貯金額を聞いた後にこの生活をすると俺は何者なのかを疑いたくなる。どう生きたら、地下を最高な場所という考えをしてしまうのだろうか。


「ただいま」


 マンホールの中に挨拶をする変人が完成した。誰か俺を捕まえてあげてくれ。


 はしごを伝い降りていくと、さっきさようならしたはずのポータブル電源が俺と顔を合わせてくる。


「暗闇の中でもお前の姿かたちがはっきり分かるのが今一番悔しいよ」


 皐月が東京のどこかに俺の新居を用意してくれているみたいだが、どんな家なのだろうか。駅近のタワーマンションがいいな。そういえば、マンションではペット禁止の場所があるんだとか。だとしたら、ビアンカと住めないのか?


 いや、そこは賄賂すればいいのか。


「ああ~。楽しみだ。そういえば都会の人間は、深夜には近くのコンビニに行ってアイスやポテチを買ったりするんだよ~って心が言ってたな。それ昼に行けば良いんじゃねって思うけど、あれってどういう意味なんだろうな?」


 コンビニがない山出身の俺には見当つかない。


 未来に期待しつつ俺はポータブル電源に座って、明日を待つ。待つことには慣れているので構わないが、俺も準備をするために今日は少し寝たい。


 座りながら寝るしかない為、丁度いい位置を探る。


 すると、ポケットの中のスマホが振動し始める。皐月からの冷やかしの電話かと思っていたのだが、見たことのない電話番号からの着信だった。


 もしかしてと思い、電話に出てすかさず相手を詰める。


「お前……………刃だな?」


『何馬鹿なこと言っているのよ』


「あら優ちゃんじゃない」


 冗談ではなく、かなり本気で刃だと思っていたのだが予想が外れていたみたいだ。

水無川優だ。


「お友達とご飯に行ってるんじゃないのか?」


『さっき帰って来たの。楽しかったからなるにもお裾分けするね』


「だから連絡してくれたのか。ありがとな」


 な、なんていい子なんだ………。


「卒業おめでとう。優の晴れ舞台を見に行くことが出来なくて残念だ。うん、本当の本当に。生徒会長をやっていたんだろう?凄いことだ」


『ありがと。でも、わたしは生徒会なんてあんまり興味が無かったの。仕方なくやっていた感じだったから、もうやりたくはないかな。家では家事もやらなきゃいけないから』


「別に家事やらなくても良いんじゃないか?学生の大事な期間を自分の好きなことのために使ってもあいつなら何も言わない」


『う~ん。好きなことって言っても、わたしは何気ない日常を送るのが好きなの。あ、そうだ。なるは何か部活とかやるの?』


「部活か、全然興味ないな。学校が無いときはほぼ全ての時間を訓練に使うつもりだったし。それに、俺が遅く帰ったらビアンカが悲しむだろうから、俺は入らないかな」


『そっか。ならわたしも入らなくていいかも』


「別に俺に合わせる必要はないさ。気に入ったものがあれば試してみればいい」


『なら、いつもなるがやっていた訓練をやってみたいかも。どんなことするの?』


「あ~いや。やめておいた方がいいな。人間向けじゃない」


『人間向けじゃない?』


「ああ。今俺がやってる訓練は下水道で睡眠を取れないことによる集中力の低下を防ぐ練習をしてるんだ」


『だ、大丈夫なの?』


「まあ、昔と比べたらかなり余裕かな。だから心配しなくていい」


『そっか。………やっぱりなるは大変なんだね』


 電話越しでも憂心を抱いているのが窺える。俺が今依頼を受けていることを分かっているのだろう。それでも何も言わない。あの約束を守ってくれている。


 九紋竜が壊滅した日の約束がある。憐帝高校の制服を着ている間は依頼を行わないが、敷田からの依頼は否応なしにその約束は無効になる。しっかり守ってくれるのはありがたいが、心配からのストレスで彼女が潰れてしまうのはこちらとしても良くない。


「優、後悔してる?俺を高校に誘ったこと」


 そんなことをぽろっと口にしてしまった。だが、優と関わる時間は最近少なかった。


 言葉にしなければ、彼女にしっかりと言わなければならない。


『………してない。なるは強引にしないと何も変えるつもりないだろうし』


 優には、俺との関係は重過ぎるのではないかといつも思う。そもそもただの子供に折り紙を理解しろなんていうのは難しい話だ。


 皐月に預けずに別の方法を取ればよかったのじゃないかと。そうすれば、こんな約束をさせずに別の家庭で、良い家族と中学卒業を祝えたかもしれないと考えると、その選択を悔やみそうになる。


『それに………ね』


「ん?」



『わたしもなると同じ学校にずっと行けたらいいなって思っていたの』



 そんな純度の高い言葉を聞いてしまった俺は、自分の考えていたこと全てが悪に見えてきて嫌になりそうだった。


「そっか。それは嬉しいな」


 ………まだまだ駄目だな。俺も。


「よし。これが終わったら、入学式の二日前まではそっちの家にお邪魔するよ」


『え、ほんとに⁈』


「ああ、ぜぇーーーーーーーーたいに行く」


『うん!待ってるから!』


 嬉しそうに声を弾ませながら遠くから、やったぁ皐月さん!と聞こえてくる。相当喜んでいるようだ。


 そうだ……何を悩んでいるのだ。俺が優のことで後悔するつもりは絶対に無いし、後悔させてはならない。俺のやり方を通してしまったのを忘れるな。


 彼女に選択肢なんか無かったのだ。俺が悩んで良いわけがないだろう?


 俺が守って、彼女を幸せにすればそれでいいだけの話だ。


「おう、だから今日はもう寝なよ。もう空は真っ暗だ」


『何言っているの?まだ夕方の5時よ』


「そういえば、俺は今地下だったな」


『ふふっ、変なの』


「元気になって良かったよ」


 俺は重い腰を上げて立ち、地上へ向かうためにはしごを上ろうとする。束の間の休息を経たので、爆破予告犯を捕まえる準備をしなくてはいけない。


 だが、もう犯人は分かっている。そいつとも決着を付けなくてはいけない。


 怪文書と暗号は、はっきり言えばどうでもいい。俺は犯罪者だ。探偵なら他を当たってもらいたいし、何なら俺が普通爆破予告を出す方だ。


「優、もう切るよ。俺の帰りを待っていてくれ」


『分かった。頑張ってね』


「ああ」


 数秒経ってから俺の方から電話を切り、暗号の内容を思い出す。あの記号を使った暗号で俺を欺こうとする理由は何だろうか。そして、ちょうどマンホールを開ける時に。


「あ~。そゆこと」


 一つの限りなく正解に近い答えを導き出す。その瞬間にアイツにLINEを飛ばす。


「そうかそうか、だから手書きなのか。乙なことやってくるなぁ、面白い」


 刃に対して、敵対どころか逆に関心を覚えてしまった。この前なんか殺されそうになったのに。もし、こういった組織の垣根が無ければ、俺たちは仲良くなれたと思う。真珠の子同士、同じ感覚で分かり合えるだろう。


 残念だ。本当に残念で仕方ない。


 地上に上がると紫が映える空が俺を迎えた。歓迎されているかは不明だが、夜に生きる俺にとってはそうでないと困る。


 俺はこれから会わなくてはいけない人物がいる。仕事はこれからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る