第16話 犯罪日和

「お待たせ~」


「もう、随分待ってたのよ」


 銭湯から一番近いファミレスの入り口から遠い角の席に座っていた皐月に声を掛ける。


 銭湯に行ったのは良いものの、皐月を待たせていたので湯船に浸かることはしないでシャワーだけで我慢をし、一週間以上着ていたスーツの代わりの服を買うために、服屋に寄っていたら、かれこれ三十分も時間を使ってしまっていた。


 しかも、ここは全席禁煙席のお店。ヘビースモーカーの皐月にとって絶望以外の何物でもない。地獄より地獄なのだろう。


 テーブルに肘をつき落胆した息を吐いたので、すぐに椅子に座ってメニューを開く。ここ一週間何も食べていなかったので、写真を見ただけでよだれが出そうになる。とりあえず目に入ったものを注文する。


「季節の巡り合わせパフェとステーキ300グラムで」


「分かったわ。あとで徴収するわね」


「大人げねー」


「私の倍以上も稼いでいるんだもの。それくらい問題ないでしょ?」


「そのことで思い出したんだけど、俺の資産っておいくらなの?」


「あら?そういえば、なるちゃんからお金の話をされたことなんて無かったから、一度もそれについて教えていなかったわね」


 そう言って皐月はテーブルから身を乗り出すので、俺は横を向いて右耳を皐月に近づける。


 聞き逃すわけにはいかなかったので、耳に髪を掛けると皐月も俺に倣って同じく右耳に髪を掛ける。その唇が当たりそうな距離まで迫ってきて、とても蠱惑的な声で。


「に・せ・ん・ご・ひ・ゃ・く・お・く♡」


「……………はぁぁぁぁぁ?」


 開いた口を閉じることが出来ずに、一体どうやって出したのか俺にも分からないしゃがれ声が出てきた。2500億?なにそれ。もはや意味わかんないわ。てか、怖いわ。聞かない方が良かった。


 今まで一番、心臓の動きが速くなったのを感じて胸に手を当てる。


「………あと無駄にエロいのは、何?」


「たまたまよ」


 既に元の位置に戻っていたので、俺も正面を向く。そして、思い出したかのように横にあったタブレットで、皐月がパフェとステーキの注文をした。


 そうやるのね………知らなかったよ。


「でもさ、どうしてそんな大金があるんだ?」


「なるちゃんが今まで頑張って来たからよ。そしたら、偉い人たちが『あの青年は若いのにやるな、色を付けておくからまたよろしく頼む』って言ってたらいつの間にかこんなに貯まっていたのよ」


「あー、なるほどね。俺は悪くないのか。良かった」


「そうよ、気にしないのが吉よ」


「そうだな。この話はここで終わりにしよう」


 胃が痛くなりそうになるほどの金額だ。犯罪者に狙われるかもしれない。


 あ、その心配は杞憂か。


 問題は別にある。今日ここに来ている目的だ。周りに人が居ないことを確認して、小さい声で端的に伝える。


「爆破予告のことか?」


「ええ。そのことで依頼が来てるの」


「依頼?皐月、この前言っただろ?敷田からの依頼は受けないって。その感じだと、敷田からではない奴から依頼を受けたように感じるんだが」


「そうよ。もちろん私も断ったわ。当分は依頼を受け付けないって。でも、これは政府関係者の知り合いからの依頼だったのよ」


「政府関係者の知り合い?誰だよそいつ」


「それが、光原なの」


 その名前には聞きなじみがあった。現内閣総理大臣。折り紙削除計画の発案者。どうしてか、その知り合いが依頼をしてきた。意味が分からない。あいつは俺たちを殺したと思っている。それなのに、依頼を出してくる……一体何がしたい。


 ということはもしかして、俺が生きていることを知っているのか?


「えー、じゃあ断ることは不可能じゃないか。ああ~~、あと二週間くらいで入学式なのに面倒な依頼してくるよな」


「でも、何か嫌な気がするの。依頼を受け付けないって全体に流したはずなのに…………どうしてなのかしら。それに、その人は推薦されていないの」


 折り紙に依頼する方法は一つしかない。


 電話を使うのだが、二種類の番号が必要になってくる。まず、依頼者の電話番号を入力し、そして折り紙に繋がるための三〇桁の番号を入力しなくてはいけない。依頼者が番号を間違えたり、知らない電話番号の者が折り紙の電話番号を打ったりすると、その時点で折り紙へ依頼することが出来なくなり、逆探知が始まる。


 初めて折り紙に依頼する者は、折り紙を利用している十人からの推薦が必要になってくる。その推薦は、皐月が必ず把握している。


 だからこれは異例中の異例。皐月もどう対応すればいいのか分からなかったから接触してきたのだろう。


「それで、依頼内容は?」


「爆破予告の犯人を突き止めてほしいという内容よ。そちらの指示に全て従うし、報酬も弾ませるとのこと。場所は新宿駅、どうやら今すぐ来てほしいみたい」


「把握したよ。ステーキ食べたらすぐ行く」


「そうしてちょうだい。私は戻るわ、もしものために優ちゃんを守らなきゃいけないから」


「ああ、何かあったら追って連絡してくれ」


 皐月は何を入れるのか分からない小さいバッグを持って立ち上がる。そして、去り際に俺の髪の毛に指を通してくる。不思議そうな表情を見せると、少し湿っているわね、と言って口角を上げる。


「急いでたからな。でも、すぐ乾くよ」


「そう、頑張ってちょうだい。次に会うのは入学式の日かしら。あなたの制服姿、私も楽しみにしておくわ」


 そう言って立ち去っていく。皐月が居なくなり壁とにらめっこする形になって、俺が負けてしまいスマホを出してテキトーにニュースを眺める。


 周りを見渡せば、ランチ時の会社員やママ友、卒業式帰りの学生で賑わってくる。横の席も四人組の学生が席を埋めて、その会話に聞き耳を立てているとどうやら卒業式を行った後の帰りのようだった。四人は当たり前のようにドリンクバーを頼んで席を立つ。


 楽しそうだった。ああいう風に別れを惜しみつつまた卓を囲みたくなるような友人を作ってみたいな。まあ、俺になら出来るな。


 ガヤガヤとした雰囲気に一人の俺が何故か浮いたような感じがする。さっさと食べて出ようとするか。


 そして300グラムのステーキとパフェが運ばれてくる。すぐさまステーキを五等分にして、五回に分けてほぼ咀嚼をしないで胃に流し込む。一週間ぶりの食事なのに、全く面白みのないものだった。


 パフェもいちごやみかんなどの果物を先に食べて、クリームや下の方に詰まっているコーンフレークは顎を動かすことなく飲み込んで皿を空にする。


 五分もかからず食事を終わらせ、伝票を持ってレジに行こうとする。


「四千円か、なかなかいい値段だ。……………というか皐月もなんか頼んでるし」


 四千円なら、先ほど貰った銭湯代の余りで十分足りている。ここから新宿駅に行くための金額も全然残っているし、暫くは何も食べる必要もない。


「会計お願いします」


「はい。………あれ、もうここの席のお会計は済んでいますね」


 店員さんが困ったような顔をして、レジをポチポチしている。


 それよりも誰だ?もしかして、皐月が気を利かせて支払ってくれたのだろうか。


「もしかして、セレモニースーツの人が払ってましたか?」


「確か………金髪の人が払っていました。セーラー服を着ていたんですけど、それ以外は分からないですね」


「金髪?皐月はどっちかと言えば白だし…………」


 俺の知り合いにも金髪の人間はいない。なら誰だ?


「まあ、良いんじゃないですかね。もう払ってあるなら私たちもお金を貰えませんし……。あ、ちょっと呼ばれちゃったんでもう行きますね」


「あ、わかりました」


 客に呼ばれて行ってしまった。トレーには四千円はどこか悲しそうに置かれている。


 まさかと思い、後ろを振り向く。しかし、こちらに視線を送っている者はいない。それに、尾行なら俺が気付かない訳がない。俺が店に入ってきた時に店内にいた客は既にこの店を出ている。つまり、この店に俺が来た後に入ってきた尾行ではない第三者か、もしくはここに居ないだけということになる。


 だとしたら、どちらにしても何の問題も無い。


 だが、なぜそんなことをしたのだろうか。決していい人間とは言えない俺にそんなことする筋合いはないはずだ。ならばここは幸せのおすそ分けと行こうか。


 俺はレジ横に置いてあった募金箱に四千円を突っ込む。小銭の処理に困った痕跡が見える募金箱が子供の貯金箱のように夢が詰まった代物に大変身した。


 俺だけ得をするっていうのは勿体ない。この四千円で生きていくというのは不可能だが、誰かの一月分の菓子代くらいにはなるだろう。


 店を出ると、俺は近くの駅まで歩く。


 よし、ちゃんと食べたし、天気も素晴らしい。さて、折り紙のリーダーとしての初任務だ。今までは他の奴らが残していたのを消化してただけ。今回が俺のデビュー戦だな。


 最初の依頼が爆破予告犯を捕まえてくれだなんて、かなりハードなことを言ってくるが、いいだろう。


 これが終わればついに高校生だ。内心かなり楽しみにしている。


 だが、初陣で命を落とす可能性もある………そういうものだ。昔からそういうのを込みでやって来たんだからな。今更怖いものは無い。


 ただ、ここで死ぬという選択肢は選べないのは少しソワソワするものがあるな。



 そういえば、2500億か。



「俺も月に行ってみたいなぁ」 

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