第24話 AIとヨシザワ2
「キジマさん、もう少し後退しましょう。もうぼくらが摺鉢山に登らなくてもいいんですから」
コウスケがそう言ったが、キジマの目は前をにらんでいた。
「いま敵はどこにいるんだ?」
「敵は左右に分かれて、茂みや岩陰に隠れていると思われます。十二時方向にいるひとりは、目視できますがかなり離れています。さっき機銃にやられたもう一人は、リスポン中ではないでしょうか」
「ではいま、摺鉢山に向かう前方の道は、誰もいないわけだ。そこを全速で突き進めばどうだろう」
ため息に続いて、アキラの声が聞こえた。
「それはダメですよ、キジマさん。これだからゲーム慣れしていない人は……」
「なにがダメだって言うんだ。ヨシザワが必ず成功するとは限らんだろう。打てる手は打っておいた方が、成功の確率が上がるじゃないか」
頭ごなしに否定され、ムッとしたキジマが反論する。
「おそらくアキラの言う通りでしょう。ぼくならすぐにそのルートを確認にいけます。少しお待ちください」
ポリゴン・リスがサッと戦車から飛び降りると、矢のように走り去った。
「キジマさん、念のために後退しておいてください。敵と一定の距離を保ったほうがいいですから」
アキラにそう言われて仕方なくキジマが戦車をさげていると、すぐにリスが戻ってきた。
「早いな」
感心するアキラに、コウスケはなんでもないと言う風に答える。
「移動速度の設定を最大にすれば、あっと言う間さ。ところでやはりそのルートはダメです。前方にはいくつも対戦車地雷が仕掛けられています」
「クソッ、いつの間に」
キジマはまた目の前の操行ハンドルを殴りつけたが、内心はこの若者たちに救われたことにホッとした思いだった。
そのころ、ヨシザワは摺鉢山の山頂に到着していた。AIの頭脳を持ったヨシザワは落ち着いていた。敵のリスポン・ポイントは、コンソールから5メートル離れた地点だ。敵の配置が頭に浮かぶ。彼らは前方と左右から、徐々に戦車に近づいている。あと少しで所長たちを制圧できると考えているようだ。
ヨシザワは静かにコンソールの前に立ち、蓋を上げるとキーボードを操作した。ピアニストが奏でる鍵盤のように、なめらかにコマンドが打ち込まれていく。
ずっと離れた前方の塹壕から、RPGが撃ち出された。しかし距離があり過ぎて当たらない。
「もう敵のRPGもかなり減ったはずだけどなぁ」コウスケが疲れた声を出す。
「ああ、人はリスポンできるけど、兵器は戻らないからね。摺鉢山の建物の中で見た武器がすべてだとすると、あとはわずかなはずだよ」
アキラが励ますように応えた。その時、右手の茂みから兵士が走り出したのが見えた。
「アキラ、3時方向、敵」
車長用キューポラから周囲を警戒していたコウスケの声が響く。 砲塔が右に旋回したその時、またコウスケが叫んだ。
「アキラ、9時方向だ!」
ジリジリと間合いを詰めていた敵は、前方の囮に注意を引き付けさせておいて、タイミングを合わせて左右から一気に攻めてきた。同時に両方には対処できない。
「キジマさん、さがってっ!」
アキラは右から来る敵に機銃を撃ちこみながら、操縦席のキジマに指示する。キャタピラが前方に土をまき散らし、戦車は後退した。しかしその動きを予測していた敵は、先回りするようにその側面に近づきつつあった。
「C―4だぁ!」
プラスチック爆薬を手に駆け寄る敵を見て、コウスケが絶叫する。だが砲塔は右を向いており、左から迫る敵を迎え撃つには手遅れだった。
もうダメだ。
コウスケが諦めたその時、敵の姿が白くかすんだ。そして風に吹かれた湯気のように、跡形もなく消え去った。
「東京との回線が切断しました」
その報告に現場指揮官は青くなった。さらに無慈悲な言葉が続く。
「アンコントローラブル。モニター表示もすべて消失しました。現在、コントロールはこちらにも東京にもありません。システム内の自立モードが稼働しているようです」
「まだ巻き返しは可能だ。回線の再接続に備えて待て」あきらめずに指示を出す自分をほめてやりたかった。いい加減なことを言っているのではないぞ。周はほめられるべき自分を鼓舞した。「まだ王がいる。王がコントロールを掌握すれば、なんとかなるはずだ」
遠隔操作のドローンではなく、CVRSという脳とコンピュータを直接つなぐ複雑な装置を使う計画そのものは王のものだったが、それにもろ手を挙げて乗っかったのは党本部の上層部だ。反射神経のよいゲーム慣れした若者を使えば万が一の迎撃にも対処できるし、作戦内容の変更などのイレギュラーな事態にも対処しやすい。そしてなによりこの計画では実行者は確実に日本人にできるのだ。その計画に無理があったのかどうかは、改めて検証が必要だろう。
しかしなぜこうも予定外のことが起こるのだ。回線が切断するなんて、システムトラブルではあり得ないはずだ。やはりVRLから入ってきた者の仕業か。しかしこちらの監視に一切その存在を現さずに、いったいどうやって……。本当に忍者だと言うのか。
冷や汗をかきながら、周が自問自答を繰り返していると、オペレーターから報告があった。
「三人の意識がこちらに戻りかけています。もうすぐ目覚めます。周司令、どういたしましょうか?」
作戦の失敗を突き付けられた気がした周錦民は、あきらめずほめられるべき自分のこともすっかり忘れて、怒りの大爆発を起こした。
「その三人を、いますぐ銃殺にしろっ!」
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