第23話 AIとヨシザワ1
「所長」
そう呼びかけられて、キジマはギョッとして振り返った。鉄帽をかぶり、ドーランを塗った兵士の顔が、狭い戦車の操縦室の中で、すぐとなりにあった。
「遅くなりました」
「もしかしてきみは、ヨシザワかね」
キジマの質問に、わずかに首を傾げた兵士は、早口で話し始めた。
「これからワタシは、摺鉢山に登ります。そこのコンソールを操作して、上海からの信号の切断に成功すれば、敵四人のうち、三人は消失するでしょう。さらにその後で、もう一人の方も切断にかかる予定ですが、そこまでできるかどうかはわかりません」
声は違ったが、話し方は吉沢だった。ログインに成功したんだな。キジマはホッと胸をなでおろした。
「まずアキラを外に出してはどうだろう」
キジマはアキラの救出を最優先に考えていたが、ヨシザワの答えは違った。
「これはチェスの指し手と同じです。すべてに対応する一手はありません。アキラさんを救うことに気を取られては、クイーンを守ってキングがやられることになります。つまりテロは遂行されてしまうでしょう。味方を守りつつ、敵の弱点から攻めていけば、こちらがチェック・メイトに持ち込めます」
「しかしどうやって、山の上まで登るというのだ。その手前には、戦闘態勢の敵がいるんだぞ」
兵士は自分の頭を指さした。
「状況のすべては、この中にあります。コンソールの位置も、敵の配置も」
システムに直接つながっているAIの頭脳には、CVRSが創り出すマップに存在するすべてが見えているのだ。そしてそのAIはヨシザワが動かしている。全体の操作はコンソールを通さないといけなくとも、そのすべてが見渡せる目を持っているとすれば、戦況は一気に有利になる。キジマはすぐにそう理解した。
「ではその作戦を実行に移してくれ」
兵士はすばやくその場を離れると、戦車の背後に周り、南の海岸の方に下りて行った。海沿いから裏に周り、摺鉢山に登るのだろう。それまでなんとしても、持ちこたえなければならない。
ジリジリと詰め寄る敵に対し、アキラは戦車砲と同軸機銃で的確に敵を仕留め、そのたびに彼らは摺鉢山の山頂からやり直す羽目になった。
「状況を説明しろ」周の声が響き渡る。
「王は予定通り一旦ログアウトしてから、用意していた部屋へ移動、そこで再ログインしています。完全同期完了、こちらの三人の接続も良好です」
モニターには遠くに戦車が映り、画面手前には岩に隠れRPGを抱えている兵士の姿が見えている。
「これは予定通りなのか?」
そう聞かれたオペレーターは、自信なさそうに首を傾げた。
「慣熟用戦闘プログラムはしばらく前に終了、CVRSは完全に我々が掌握しました。しかし少し様子が変です」
「なにが変なのだ?」
「予定していたドローンの訓練をせずに、また戦闘プログラムが再開されているようです」
「ワシントンからは、準備完了の連絡を受けているのだ。完全同期しているのなら、いつまでも訓練などしておれんぞ。王につないでくれ」
うなずいたオペレーターは予備のヘッドセットを周に手渡し、キーボードをいくつか叩いた。
「王です」息を切らせた声が響く。
「作戦本部の周だ。状況を報告せよ」
バタバタと走り回る音をバックに、王のあわてた声がヘッドセットから聞こえてくる。
「実行者の反乱に遭って、手間取っています。なぜかわかりませんが、こちらの命令をまったく聞かないのです」
「なに? それでは予定通りではないと言うことか。しかし小娘一人に、どうしてそんなに手間取っているんだ」
「システムの不具合でしょうか。あるいはあり得ないことですが、VRLの方からログインした者がいるのかもしれません。こちらではそこまでわかりませんので、そちらで調べていただけないでしょうか」
オペレーターの横に座るシステム・エンジニアに、周が目で合図した。
「それに小娘と言いましても、実行者はそのずば抜けた運動神経によって、この作戦に抜擢した者です。やはり私の目に狂いはなかったわけで……」
「ばか者! ワシントンではもう晩餐会が始まっているんだ。いますぐに出撃しないと、間に合わなくなるぞ!」
「しかし、実行者が命令通り動かないことには、どうしようもありません」
「ならば……」周は苦虫をかみつぶしたような顔をした。「プランCを発動するしかあるまい」
「えぇっ」王は思わず大声を上げた。「そんなプランが、本当に今回の計画の中にあったのですか?」
「そうだ。それはどうにもならない時の、最終手段だ。そしていまこそ、まさにその時だ。大統領と軍関係者も集まっているこの機会を逃すわけにはいかんのだ」
無言の王の耳に、なだめるような周の声が聞こえた。
「大丈夫だ。その後のことは、こちらに任せろ。日本の工作員が、うまく処理するように手配する」
そんな事後処理については、なにも聞いていない。そもそもプランCを行う事態になるなど、本気で考えてみたこともなかった。二年以上前の作戦会議の席で、プランBにつけたすように、周がそのことにふれたことがあったような気がする。しかし我々が直接実行に移るとするその内容は、その場にいた誰にとっても戯言(ざれごと)でしかなかったはずだ。
背筋を冷たいものが流れ、王はかみつぶされた苦虫のような顔をした。結局、オレは捨て駒でしかないのかもしれない。
「周司令、少しだけお待ちください。万が一の場合に備えて、予備の駒を用意してあるのです。実行者をそちらに切り替えれば、すぐにでも作戦は継続できるはずです」
なんとしても作戦を成功させなくてはならない現場指揮官にとって、もはや方法などどうでもよかった。爆薬を積んだ無人機がホワイトハウス突入に成功すれば、もう王に用はない。そもそもこの組織自体が、公式には存在しない隠密集団だ。知らぬ存ぜぬを通せば、中国政府の関与の証拠はどこにも見つけることはできない。
だいたい王が計画通りにことを運ばないから、こんな混乱を招いたのだ。そう考えた周は、無性に腹が立ってきた。
「一度しか言わないからよく聞け。これからプランCを実行に移す。それ以外の行動は厳禁だ。チャンスは一度しかない。必ず成功しろ」
それだけ言うと、周は通話を切るようにオペレーターに合図をした。
別の駒を用意したなど、なんの確証もないそんなプランに乗るわけにはいかない。どうしてそんな楽観的な予測が立てられるのだろう。こいつらのいい加減さは、本当に死ななきゃ治らないのか。
周は心の底から中国人という人種がいやになった。その時、システム・エンジニアから報告があった。
「周司令。二十三分前と五分前に、何者かがログインしているようです」
「なにーっ、おまえはそこに座って、いままでなにをしていたのだ。それでは敵は一人ではなく、三人いることになるじゃないか!」
この無能たちが同胞だと思うと、泣きたいのを通り越して死にたくなった。次に生まれかわることがあるのならば、絶対に中国人以外にしてもらいたい。
「戦車に二人の反応がありますが、もう一人は見当たりません。ログインして一分後に反応が消えています」
「それを見つけるのが、おまえの仕事ではないのかね」怒鳴るのにも疲れた周は、力なくそう言った。「忍者でもあるまいし、反応が消えたとはどういうことだ」
しかしシステムと一体になったヨシザワは、忍者のごとく痕跡を残さずにVRの中を動き回っていた。
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