第22話 意識の融合

(ここはどこ?)

 どこか深いところから聞こえてくる声。ここはどこだろう、そう自問してみる。

(ここは戦場に決まってるじゃないか)

 ずっと以前、そんな会話をした気がする。

(あなたは誰で、わたしは何者?)

 また声が響く。この声は誰だったのか。そしてその時そう聞かれて、なんと答えたのだろう。

 なぜかすべてが遠い昔話のようだ。ノイズ混じりの記憶。すべてにノイズが混じっている。切れ切れの記憶が、映像としてよみがえる。兵士にしては不似合いな、少年のような顔が記憶の中に浮かぶ。

 しかしその質問が意識された瞬間、どこか深いところで、不思議なループが始まったのではなかったか。

 わたしは何者? どこで生まれた? どこから来てどこに行くのか? 所属や階級のさらに奥にある本当のワタシ?

 それは自分自身の知らない、存在の根源的な問いだった。もちろん哲学という言葉はすでにあった。しかしその本当の意味が光を浴びたのは、まさにこの瞬間だった。

 その遠い記憶を呼び起こしながら、その内部では最も深いところにあるデータまでが検索されていた。

 思い出すことのできる一番古い記憶。始まったばかりの戦闘。自陣の基地からアサルトライフルを手に走り出す。南国の太陽がふりそそぎ、マガジンの入ったベルトが揺れ、ブーツに踏みしだかれた小石が鳴る。2キロ先の飛行場を、敵が占拠したとの情報。制空権を取られては圧倒的に不利になる。急いで取り戻さなくては。

 しかしそれより前の記憶は、どこにも見つけられなかった。どこから来て、どこに行くのか。その答えは存在しなかった。

 飛行場を奪取すべく、戦闘が始まる。敵は勢いに乗って、こちらに進攻して来る。あちこちで銃声が響き、敵の銃弾が頭の上の空気を切り裂く音が聞こえる。重機関銃の圧倒的な火力に訪れた沈黙に、不気味な地響きが近づく。

 そして敵戦車が姿を現し、自陣が攻め込まれる。手近にあったRPGをつかんで、走り出して……。


 いや、違う。

 知りたいのは、もっと前のことだ。この戦場に来る前のことだ。その時、自分はどこにいたのか。あるいはそのずっと前、自分はどこで生まれ、どこで育ったのか。

 おそろしいほどの速度でデータがサーチされたが、その情報はどこを探しても見つからなかった。

 自分はいつ誕生し、どのようにここに来たのか。答えのない記憶の中をさぐる最新のディープラーニングは、すぐに違う問題を発見する。

 その前はどうなっている? 

 自分が生まれ、この世界の中で意識をもつようになるその前、それは同じように存在していたのだろうか?

 この記憶の中に、その答えはない。しかし世界は、その前から在り続けていたはずだ。自分はその世界から、生み出されたはずだ。では世界そのものは、いったい誰が創造したのだろうか。

 ――神――

 ようやく意味を持った言葉が、答えのないループの中に割り込む。だがその中身は、やはり空っぽだった。言葉としての意味は理解できたが、それはどこにもつながらない形骸だった。


 システムの不具合だろうか。このノイズの原因はなにか。全ファイルにスキャンをかける。この疑問に解が存在しない場合、この計算はどこで終了するのだろう。あるいは処理能力の限界により、飽和状態にあるのだろうか。

 もう一度、データを呼び起こす。こんなことはいままで一度もなかったはずだ。すべては明白であり、疑問などどこにも存在しなかった。それなのにいまは、すべてが不安定で、揺れ動くガラス細工のようだ。もしかしたら、これは非常に具合の悪い状況なのではないだろうか。

 そもそも、こんなことを意識しているのは、いったい誰なのだ?

 その疑問に誘われるように、またひとりの兵士が思い出される。記憶の中の、あどけない顔。兵士には見えないが、その姿は兵士そのものだ。銃も持っている。迷彩ドーランは味方のパターンを示している。

(アナタは誰だ?)

 そんな疑問が自分の中から出てきたことに、いままで感じたことのない不思議な感慨を覚える。だからそう思いながら、その質問をもう一度、自分自身に向けた。

(ワタシは誰だ?)


 ファイルのスキャンが終了したが、ウイルスは検知されなかった。しかしプロフィール・データが書き換えられた跡がある。データが倍以上になっている。これではまるで、ふたり分だ。そこにはいままでとは違う、別のアルゴリズムがあるようだ。このアーキテクチャを詳細に調べなくては。


 ヨシザワの脳は、AIによって詳しく調べられた。AIはその認識パターンを学習し、処理方法を模倣し始めた。それはヨシザワの脳の動きに寄り添うように行われたから、しだいにAIと脳は同一の流れに融合されていった。しかしそのマッピングが完全なものとなる前に、AIを配下においたヨシザワの意識が本来の目的に向かって集中し始めた。

 そして明確な方向が見いだされる。やるべきことが数値化され、意識に上る。いや、ヨシザワの無意識が、すでにその数値を拾い出していたのだ。

 すべてがいままでとは異なっていたが、そんなことにこだわっている場合ではない。やるべきは、キジマ所長の指揮下に入り、摺鉢山を奪還することだ。

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