第20話 潜入

 バックドアが開いた時には、システム室にいるすべての者が喝采を上げた。しかしその直後に戻ってきたIEの者に邪魔されて、アキラが外に出るには至らなかった。全員が落胆する中、貴島だけが変わらずにいた。携帯電話でコウスケと連絡を取り続けている貴島が、再び前に進み出た。

「いま晶は戦車を奪って摺鉢山を下りたそうだ。あと少しで晶を救出できるところだったが、摺鉢山はIEが占拠した。だからこれからこのVRの中へ、私が入ることにする」

「しかし所長。こんな状況で中に入れば、所長まで戻れなくなるかもしれないじゃないですか」

 この混乱の責任を誰よりも感じていた朝永が、隠れるようにして状況を見つめていた一番後ろからこらえ切れずに声を上げた。

「大丈夫だ。このシステムについては、私が誰よりもよく知っている。だから安心してくれ。みんなには最後まで集中して、サポートをお願いしたい」

 そう言って貴島は笑顔になった。普段はまったく笑うことのない貴島だった。だからほとんどの所員が、その笑顔を初めて見た。

 無理に笑って見せたことが、吉沢にはわかっていた。この状況を打破するため、貴島が命がけで突き進もうとしていることを、誰よりも理解していた。安全装置が解除され、敵にコントロールされているシステムの中に、独りで潜入しようとしているのだ。だから貴島のその笑顔を見て吉沢も、共に命をかけようと決めた。諦念にも見えるさびしそうな笑顔を浮かべて、貴島はおだやかに続けた。

「実際、やってみないと確実なことはわからない。しかし中に入れば、コントロールを取り戻せるかもしれない。テロリストを出し抜いた航佑と晶が戦車を確保しているが、このままではコントロールを取り戻すことはできない。私は彼らと協力して摺鉢山を奪還する。我々の技術を、テロに使わせるわけにはいかない。私にとってこの研究は、自分の子供のようなものだ。だからみんな、協力してくれ」そう言ってまた頭を下げた。


 山を下りた戦車は、コウスケの指示通りにしばらくそのまま進んでからぐるりと転回、摺鉢山に向いて停止した。

「アキラ、いまシステム室に現状を報告した。もうすぐここに、キジマさんが入って来るはずだ」

「キジマさんが来れば出られるの?」

「わからない。最悪の場合、キジマさんも戻れなくなるかもしれない」

「じゃあ、なんでキジマさんは入って来るんだよ」

「外に出るには、山に登ってコンソールにコマンドを打ち込むか、あるいは研究所のシステム室がコントロールを取り戻すしかないんだ。いまぼくたちにできることは、摺鉢山を取り戻すことだ。こっちは頭数で不利な状況だから、一人でも多い方がいいっていう判断だろう」

 その時、戦車の目の前に霧がかかり、迷彩色の戦闘服姿のキジマが現れた。鉄帽をかぶり、サングラスまでかけている。操縦席から飛び出したアキラは、思わずキジマに飛びつきそうになるのをこらえると、背筋を伸ばしてドーランを塗った顔を上げた。そして肘を張った右手をかぶった鉄帽の庇にあてた。心の底から敬意を表したアキラの挙手の敬礼に、キジマも胸を張った答礼で応えた。

「アキラ、楽にしてくれ。すぐに砲手席に座って、敵の動きに合わせて戦車砲を撃てるようにしておくんだ。操縦席には私が座る。車長はコウスケだ」

 そう言いながら、キジマは自分がほほ笑んでいるのを自覚し、そして不思議に思った。なぜかこの娘を見ると、知らず知らずに笑ってしまうようだ。この緊迫した状況で笑顔になるとは、どういうことだろう。

「はい、了解しました」

 そう答えたアキラも、自分自身に首を傾げていた。どうしてこの人の前では、こんなに素直になれるのだろう。そう思いながらも、それは少しも不快ではなく、むしろその逆だった。本当に尊敬できる相手を前にして、いつもの斜に構えた蓮っ葉なアキラとは違う純粋な心が、あどけなさの残る笑顔となって表れていた。鯱張った姿勢を戻したアキラは、照れ隠しのように続けた。

「キジマさん、お似合いですね」

 その言葉に声を立てて笑ったキジマだったが、その哄笑はすぐに途切れた。彼自身がその反応に驚いたからだ。そして自分が大声で笑ったことを、また不思議に思った。


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