第19話 戦車で反撃

 その大男は軍服を着た軍人だった。階級章の位は大佐を表している。大佐になって、しゃべり方までえらくなったようだが、なんとなく以前の表情が残っている。アキラは素知らぬ顔で答えた。

「はい、使えそうな武器を探していました」

 作り笑顔は必要ないと気づいたようで、それをすぐに引っ込めると、大佐は重々しく言った。

「武器を使うことはない。それより、攻撃命令が出た。この三人と一緒に出撃してもらう。詳しくは彼に聞け」

 大佐の後ろから兵士の一人が進み出た。

「外にある航空機に乗ってもらう。小型の一人乗りだ。外に出ろ」

 そう言われて、ぞろぞろと出ていく四人の後ろをアキラが続く。その時、建物の外にいたリスがアキラの胸ポケットに飛び込んだ。

 外にはいつの間にか、小型機が並んでいた。ロッキードのナイトホークをずっとコンパクトにしたような形で、機体の中央をほとんど操縦席が占めている。近づくとやはりずいぶん小さく、そして低い。キャノピーはすでに跳ね上げられた状態で、簡単に跨いで乗り込むことができた。

「操縦方法はすでに頭に入っていると思う」

 そう言われて考えてみると、確かにその知識があった。さっきの戦闘の間に、そういった知識ともリンクしたのか、それともどこかのデータベースとリアルタイムでつながっているのか。だがひとつ、わからないことがあった。アキラは遠慮がちに聞いてみた。

「操縦はわかりますが、ベイルアウトの方法がわかりません」

 兵士はただ事務的に返答した。

「この機に緊急脱出装置はついていない。なぜならそれは不要だからだ」

「では飛行不能な状態になったら、どうすればいいのでしょうか」

「今回の任務でもし敵の迎撃があった場合、きみ以外の機が身をもって防御する。機銃やミサイルは装備されていないが、きみは指示の通りに動いて任務の遂行のみを考えればいい。それにこの機が故障することもない。だからそんなことは一切考えなくていいんだ」

「機から降りろ」

 胸元から小さな声が聞こえた。リスのコウスケの指示だ。アキラが降りようとしていると、兵士が慌てて言った。

「このまま少し飛行訓練をするから、そのままで待て」

 その声を聞き流して飛び降りたアキラは、飛行機の後方に見える建物に向かって一目散に走り出した。胸元からリスの声が聞こえ、背後からは兵士の声が聞こえてくる。

「そうだ。そのまま走って、建物の裏にある戦車に乗り込むんだ」

「おい、どこへ行く。戻って来い」

 戦車にたどり着いたアキラは、操縦席に潜り込むとハッチを閉めた。

「もう少しだったのに、残念だったな、アキラ」

 気落ちしたコウスケの声が、胸のリスから聞こえる。

「えっ、バックドアは開かなかったの?」

「開いたさ。でも開いてから、今度はきみを外に出すコマンドを入力しなくちゃいけなかったんだ」

「えーっ、なんだよぉ」

 ガックリと力の抜けたアキラに、コウスケの指示が飛ぶ。

「まだ大丈夫だ。やつらはバックドアが開いたことに、気づいていない。早く戦車を出すんだ」

 追いかけてきた兵士が、戦車の前でなにか怒鳴っている。それを無視してアクセルを開けて前進。ヘリハッチからの視界は狭いが、胸ポケットから飛び出したコウスケが車長となって指示してくれる。兵士は慌てて建物の裏口に逃げていき、視界から消えた。左に曲がると小型航空機が縦に二機ずつ二列計四機並んでおり、その横に事態をまだ理解できないまま、こちらに歩いて来ていた大佐と二人の兵士が唖然とした顔で立ち尽くしている。

「そのまま前進、摺鉢山を下りるぞ」

「了解」

 真っ直ぐ前方には二機の航空機が見えていたが、かまわずアクセルを全開にして突き進む。やがてバリバリと音がして、車体がユサユサ揺れる。縦に並んだ二機を踏みつぶしながら、戦車は前進する。

「ジープで追いかけて来たぞ」

 アキラは蛇行する道を無視して、そのまま山を直線的に下りる。

「コウスケ、戦車砲発射だ」そう叫ぶアキラに、コウスケも叫び返す。

「ぼくはこの世界のものにはふれられないんだ。いいからそのまま前進、指示を待て」

 道なき道の木々も段差も乗り越えて、巨体を揺らして戦車は坂を駆け下りる。その後ろ、乗用車などではとても走れない荒地を、さすがに四輪駆動の軍用ジープはものともせずに踏破する。大佐の駆るジープがぐんぐんとその距離を縮め、すぐ背後に迫ったまさにその時、コウスケが叫んだ。

「急制動!」

 長大な接地面積の無限軌道は、摩擦係数の低い未舗装路においても強力な制動力を発揮した。逃げる戦車が急に止まろうとは思ってもいなかった大佐の反応が、わずかの間だが遅れた。実際にこのジープの仕様だったか、単にIEの作ったゲームソフトがそこまで再現していなかったのかはわからないが、ABS(アンチロックブレーキシステム)は作動しなかった。床も抜けよと踏まれたブレーキが、四つのタイヤを瞬時に固定し、軍用ジープはまっすぐに巨大な鉄の塊に向かって滑っていった。

 再び戦車が全速力で坂を下り、操縦中のアキラに、コウスケから後方の状況が伝えられた。

「ジープは大破、ジープは大破した。助手席の兵士がフロントグラスに突っ込んで血だらけになっているぞ。運転席の大佐はジープから降りた。あっ」

 それきりコウスケが沈黙する。慣れない戦車の操縦にほとんどの神経を使っていたアキラだが、コウスケの妙な反応が気になって、操縦に集中できない。前方にぽつんと置かれているスパイクが見える。これで戦車を破壊し、二等陸士を救ったのがずいぶん昔のことのようだ。これもそのまま踏みつぶして進む。

「おい、コウスケ。どうしたんだ。後ろでなにがあったんだ? この先は塹壕だらけだ。ちゃんと車長の仕事をしなさいよ」

 しばし沈黙していたコウスケが、沈んだ声で応答する。

「アキラ、いやなモノ見ちゃったよ」

「だから、なにがあったんだよ。言ってくれなきゃ、わからないだろ」

「大佐が、運転席から降りて、腰のハンドガンで、助手席にいた兵士を撃ち殺した」

 その光景を想像して、アキラもまた沈黙した。おそらく、とどめを刺すことで、兵士はまた生き返るのだろう。ここはVRの世界だから、気にすることはないとわかっていても、銃殺を目撃したコウスケのショックもよくわかった。なにしろここは、現実と区別のつかないほどよくできた世界なのだ。血まみれの兵士の死体を思い浮かべ、アキラは決意を新たにした。

「コウスケ、気にするな。兵士はすぐにリスポンするよ。そのために大佐は撃ったんだ。でも、気を引き締めなきゃ。VRの中とはいえ、このリアルな世界で、敵は躊躇なく人を撃つんだからな」

「ああ、そうだな」

 コウスケもすぐに気を取りなおした。塹壕をさける進路を指示しながら、コウスケが続ける。

「リスポン・ポイントは山の上のコンソール付近だろう。こっちはやられないようにしないと、リスポンしたとたんに、敵に囲まれてしまうぞ」


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