第17話 乗っ取り2

 午前八時二十分。緊急連絡を受け所員全員がシステム室に集合していたが、誰もがなすすべもなくモニターを眺め続けるしかなかった。そこに貴島が戻ってきた。顔は青ざめていたが、目には思いつめたような輝きがあった。全員を集めた貴島は、佐久間との電話の内容を話し始めた。

「現在、CVRSの中には、高原、上杉、そしてIEの者と思われる三名の計五人が確認されているが、そこにもう一人、佐久間航佑くんも入っているとのことだ」

 所員の間にざわめきが走り、白井室長が声をあげた。

「その佐久間とは、どういう人物なのですか?」

「彼は先日、プレイヤー候補として面接をした若者だ。先ほど電話で話したところでは、彼は我々のシステムに侵入しており、すでに上杉くんとのコンタクトにも成功したそうだ。彼が言うには、CVRSの端末を使わず自宅のパソコンからネット経由で、市販のVRゴーグルを使ってこのシステムにつながっているらしい」

「どうすればそんなことが可能なんですか。もちろん将来的にはパソコンからアクセスできるようになるかもしれない。しかしそれはまだまだ先の話だし、そもそもいま現在、外部のパソコンからここのサーバにつながることなど、あり得ないことです」

 全員が抱くその疑問を、白井が代弁した。吉沢は部屋のすみで静かに成り行きを見守っていたが、その横で朝永が青い顔で震えていた。

「佐久間くんはある人物に頼まれて、連絡があればネット経由でCVRSにログインできるように待機していたらしい。詳しい事情はわからないが、佐久間くんはフライングして稼働中のCVRSに入り、この状況を目撃したそうだ」

 部屋の隅から上ずった甲高い声が上がった。

「ある人物って、高原さんのことですか? あたし……、でも、なんでこんなことになっちゃったの」

 頭を抱えてうずくまる朝永の肩を、吉沢がやさしく抱きしめた。

「それはまだ、わからないんだ」

 貴島はまだ決断できないでいた。自らが重用していた人物が、この騒動の原因だとは考えたくもないことだった。

 曖昧な貴島の態度に、逆に白井はさらにヒートアップする。

「わからない? 所長は高原を疑っているんですか。彼はこの二年間、我々と共に必死にこのシステムを開発してきたんですよ。疑うべきは高原ではなく、その佐久間って男の方ではないんですか」

「まあ、落ち着きなさい」色をなす白井を、貴島は抑えた。「すべては佐久間くんが言っていることであって、私もまだその確証を得たわけではない。しかしこの状況を打開するために、私は彼の申し出を検討しようと考えている」

「所長はその佐久間って男を信用するのですか」

 不満に満ちた白井の言葉に、今度は違う所員が続けた。

「佐久間がIEの手の者でない保証はあるんですか」

 質問攻めにあってまた行き先を見失ったような目をした貴島の耳に、進むべき道を示すような声が聞こえてきた。

「今朝早くに、朝永さんは高原さんに頼まれて、CVRSの稼働を手伝ったそうです。その時に高原さんは、佐久間さんをスタンバイさせていたとのことです」

 朝永から事情を聞いた吉沢がそう報告すると、また所員たちがざわめいた。それをおしとどめるように手を挙げると、白井はさらに続けた。

「では所長は、その佐久間がこの窮状を救うと考えているわけですか」

白井が怒りの中に、嘲笑を含んだような声を上げた。これだけの人数の才能が、これだけの設備を使って創り上げた最先端の技術を、自宅のパソコンと市販のVRゴーグルと言う子供の玩具のようなものによって救われるのだとすれば、確かに笑うしかないのかもしれなかった。しかし貴島は逆に悲壮な声で答えた。

「そうだ。これはまったく僥倖のようなものだが、彼の開いた細い道だけが、我々に残された唯一の可能性だ」そう言った貴島の顔は、いつものきびしい眼光をたたえた研究所トップの顔だった。「そしてもし彼が本当のことを言っているとすれば、いま我々はさらに大変な状況に立たされていると思われる」

 貴島は周囲の所員をぐるりと見回した。一同は彫像のように身動き一つせず、貴島を見つめ続けている。

「さきほどの佐久間くんの話によると、IEがゲームソフトの開発をしているというのは表向きで、やつらは政治的もしくは軍事的組織ではないかとのことだ。彼が傍受した情報は部分的なものに過ぎないだろうが、しかしそれによると、IEは小型ドローンを使って爆弾テロを画策している」

 貴島のその言葉に、所員たちにどよめきが走った。誰もが自分の耳を疑い、その内容をどう理解していいかわからず、口々に声を上げていた。

「攻撃目標は」貴島が再び口を開き、全員が再び彫像と化す。「ホワイトハウスだ」

 ことの重大さが、じわじわと所員全員にしみわたり、室長が叫んだ。

「それでは我々の技術が、テロに使われると言うことですか。我々は人殺しのために、この研究をしてきたと言うことですか」

 叫びながら室長は、貴島に詰め寄った。そのあとを数人の所員が、不安と怒りの目をして続いた。

「どこの国の軍隊だ」

「そんなやつらに利用されてたまるか」

「待ってくれ」

 口々に叫ぶ所員に、貴島は両手を上げた。

「やつらの思い通りにはさせない。すでに私の頭の中には大まかな計画ができあがっている。だから全員落ち着いて、私の指示に従って欲しい」

 毅然とした貴島の態度に、所員の動揺が静まっていった。

「いまから室長と吉沢の三人で打ち合わせをして、決りしだい全員に計画を伝達する。それまではここで待機。では私はこれからすぐに行動に移る。以上」

 それだけ言うと室長と吉沢に向かってうなずき、貴島はすばやくシステム室を後にした。その背をふたりが慌てて追いかけて行く。

 新しいエネルギーを充電されたような雰囲気がその場にあふれた。なんとかなるかもしれない。その場の全員がそう感じていた。


 十五分後、貴島、室長、吉沢の三人がシステム室に戻ってきた。貴島の姿を見た若い所員が、急いで報告にきた。

「所長、先ほどログを確認していた長田さんが、妙なデータを見つけました。いまそれを確認しに行ってるんですが……」

「どういうことだ?」

「二十分ほど前に、高原さんと思しき端末が切断されました。ログアウトしたようです」

「高原がバックドアを開けたのか? だとしたら彼はどこにいるんだ」

 室長は怪訝そうな目をした。

 その時、勢いよくシステム室のドアが開き、長田が走り込んできた。

「あっ、所長、ちょうどいいところに……」

 それだけ言って長田は、荒い呼吸を整えた。

「なんだ、長田。なにがあったと言うんだ」

 息切れに言葉が続かない長田を、貴島がせっついた。

「すみません。データでは高原くんがログアウトしたことになっていたものですから、いま彼の入っていた三番端末を確認に行ってきたんです」

「それで?」すべてを見越したような目で、貴島が先をうながした。

「高原くんはいませんでした。それに、高原くんだけでなく、三番端末そのものが消えていました」

「ちょ、ちょっと待て」白井は信じられないと言う顔で長田を見た。「それじゃあ、IEと結託していたのは高原だと言うのか」

 長田の報告に、室長は哀れなほどうろたえていた。貴島は舌打ちしただけだったが、その場にいる所員の誰もが騒然とし始めた。吉沢も眉をひそめて、貴島を見つめた。

「やはり……」その視線に応えるように、貴島が口を開いた。「やはりそういうことだったんだな」

 誰もが聞きたくない結論だったが、事実がそれを証明していた。貴島は全員を見渡すと、くやしそうに顔を歪め、そして頭を下げた。

「みんな、すまない」

 茫然とする所員たちを前に、貴島は重い口を開いた。

「高原はIEから送り込まれた工作員だったようだ。私はそのことを佐久間くんから聞いていた。しかし確信が持てず、後手を踏んでしまった。電話のあとすぐに手を打っていれば、高原に逃げられることもなかったかもしれない」

 臍を噛む思いにうつむき言葉の途切れた貴島を、また吉沢が促した。

「所長、ここにいる誰もが高原さんを信じていました。それが裏切られたとしても、いまはそこにこだわっている場合ではありません。いまからどうすればいいかを考えるべきなのです。指示をください」

 そう言われて貴島は、気を取り直したように前を向いた。

「佐久間くんのログインは予定外のことではあったが、結局高原にとってここのセキュリティーなどそれほど重要なことではなかったのだろうし、佐久間くんがここまで動くとも考えていなかったのだろう。だからこんな想定外のことが起こった。高原がIEと通じていたこと自体が想定外だったわけだが、これで三番端末を持っていったことと、佐久間くんが聞いたやつらの予定がつながった。それによると、九時に高原は再度ログインすることになっている。我々はそれまでに、上杉晶の救出作戦を実行に移す」


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