第12話 中国の輩2

「もう準備は整ったのか」

 指揮官である周錦民の声が響くと、辺りに緊張が走った。

「はい、先ほど東京ではCVRSが稼働し始めました。予定通り、王(わん)もログインしたようです。もうすぐ映像が入りますので、少しお待ちください」

 モニターに映像が表示されるのを待ちながら、周は部下たちを見回し、ようやくここまできたかと思った。

 この作戦が成功し、日本とアメリカの同盟関係にヒビが入れば、もう日本など極東の小国に過ぎない。いままでアメリカの後ろ盾があったからこそ、うかつに手出しはできなかったが、そうなれば孤立無援の島国は我が国の領土同然だ。

 国威をかけて発展させたスーパーコンピュータが、よりいっそう演算速度に磨きをかけ、やがてエクサフロップスを超えるのは確実だと聞いている。その実現の暁には、あらゆるテクノロジーがさらに向上し、コンピュータがもっと高性能なコンピュータを創り出し、なにもかもが加速度的に進化する。そうなればもう誰も我が国を止めることはできない。そしてまずこの小さな島国を橋頭堡として、我々は全世界を制覇する。だからなんとしても、今回の作戦をやり遂げねばならない。

 しかし実際のところ、十分に気を引き締めていかないと、日本人は決して侮れない。いまでこそ平和ボケしたお坊ちゃまのような顔をしているが、その遺伝子には敢然と自らの命を投げ打つ特攻精神と、葉隠に見られる武士道精神が、確かに受け継がれていることだろう。過去には我が国も、煮え湯を飲まされたこともあるのだから。

「周司令、映像が入りました」

 システムオペレーターの呼びかけに、周錦民の妄想は中断した。

「接続は安定しています。ごくわずかなタイムラグは見られますが、実用上問題のないレベルです」

「王と会話はできるのか」

システムオペレーターの後ろから、周錦民もモニターをのぞき込んだ。

「ただいま、音声プロトコルを調整中です。ニーハオ、シーイーグェァトンシンツェアシー……」

「おい、会話はすべて日本語だ。なんのために二年間も、日本語教育を受けたと思ってるんだ」

「ドゥイブーチー、じゃなくて、すみません。こんにちは、通信テストです、これは通信テストです。反応がありません。もう少し調整してみます」

 指揮官は舌打ちして、若いオペレーターを横目でにらんだ。どうしてこんなに出来の悪い人間ばかりなんだ。しっかり教育してから現場に送り込んでもらわないと、そんなところからほころびは広がるんだ。ひとりで毒突きながら、机の上の電話に手を伸ばす。通話は中央委員会につながった。

「上海の周です。現在東京では王がログインして実行者を監視中です。まだ音声は届きませんが、こちらからも王の目を通して映像だけは見えています」

「進捗状況はどうだ」実質的な作戦本部である北京の上官も、日本語が堪能だった。「予定を急に三カ月も前倒しにして、本当に大丈夫なのか」

「プルシェンコからは、VRLの承諾は取ったと聞いていたのですが、実はまだシステムそのものの引き渡しを受けておりません」

「それでは予定通りにはいかないのではないか」

「ご安心ください。すでにその場合にそなえてのプランを実行中です。しかしどうして急に、三カ月も短縮しないといけなかったのでしょうか?」

 電話の向こうでもそのことに不満を持っていることを、かすかな沈黙が伝えてきた。しかしすぐに、小さなため息に続いて低い声が響いた。

「急にスケジュールが変更になって、こちらも困惑している。だがこれは党幹部からの直接の指示だ。このところずっと経済成長が思わしくなかったが、今後さらにアメリカの締め付けが強くなるとの情報が入った。だから早急に計画の実行が必要だと判断したようだ。長引けばそれだけ、我が国の国益が阻害されることになる。簡単に戻れないような状況になる前に、手を打たなくてはならないのだ。アメリカへの敵対的情報も複数手元に揃ったし、日本政府の関与の証拠となる書類の作成も首相の動きに合わせてできあがったそうだ。もちろんすべてでっち上げだが、このタイミングで仕掛ければすべてが我々の思い通りに進むだろう」

「ではやはり、予定の時間に決行でよろしいのですね」

「ああ、晩餐会は十九時から開始の予定だ。時差が十四時間あるから、日本もまだ早朝だろうが、この機会を逃すと次がいつになるかわからない。だからなんとしても、この時間に合わせなくてはならんのだ。それまでに確実に準備を整えろ」

 結局いつだって、上は現場のことなど理解しないのだ。双方にまた沈黙が流れ、その重い空気を振り払うように、指揮官が力を込めた。

「日本の王、プルシェンコと連絡を密に取り、必ず計画通りに成功させます。ご安心ください」

「わかった。しっかり頼んだぞ」

 切れた電話の受話器をしばらく見つめていた周は、それを元の場所に戻す。そしてその目を、若いオペレーターに向けて怒鳴った。

「音声はまだなのかっ」

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