第7話 面接と航佑の人生

 受付のすぐ横、会議テーブルとパイプ椅子だけのそっけない部屋に通されてから、もう二十分以上待たされている。緊張に息苦しくなって、ぼくは少しネクタイを緩めると深呼吸をした。

 晶に教えられたアドレスにメールを送ると、夜になってから仮想現実研究所の高原さんから返信が届いた。そこには面接に先立つアンケートがあると書かれており、履歴書のような記入フォームが添付されていた。学歴職歴は言うに及ばず、家族構成や趣味の内容、友人の年齢と住所までやたらと詳細な記入が必要だった。しかし実家は遠く離れていたし友人もいないぼくは、趣味の欄にゲームとコンピュータに関する内容を山盛りに書き込んで送信したのだった。

 その返信はすぐにあった。一度面接をさせていただきますので、下記日時に当研究所までお越しください。そう書かれたメールの文面に、もしかしたら晶と顔を合わせる、なんてことになるのではないか。そしてそれを機に、オンラインゲームだけではなく、実際に彼女との付き合いが始まるかもしれない。そう考えてニヤニヤしてしまった。

 そのことを思いだしてまた同じような笑みを浮かべていると、ドアがノックされた。笑っている場合ではないと顔を引き締める。しかしやって来たのは高原さんではなく、大学を出たばかりかと思うほどの若い、事務員のような女の子だった。

「朝永(ともなが)と申します。高原は作業が長引いておりまして、どうしても外せないものですから、申し訳ございませんが面接は私が代わってさせていただきます」そう言って若い女は頭を下げた。

「そうですか。佐久間航佑(さくまこうすけ)と申します。よろしくお願いします」

 パイプ椅子から立ち上がって頭を下げたぼくに再び椅子を勧め、彼女も向かいの席に腰を下ろし面接が始まった。

「履歴書については、メールでいただいておりますので、それを基にお話しを進めさせていただきます」

「はい、ところで」ぼくは鞄から用意して来たメモリーを取り出した。「こちらは私のいままでのオンラインプレイの中で、選りすぐりの動画を入れてあります。私がどこまでやれるか、参考にしていただけないでしょうか」

 そう説明して、USBメモリーを朝永に差し出す。

「ありがとうございます。動画の方はまた後ほど確認させていただくとして、まずは佐久間さんご自身について、質問させてください」そう言いながら朝永は、手元のタブレット端末に目を落とした。

「現在、大学を休学されているとのことですが、どのようなご事情かお聞かせいただけますか」

「はい。経済学部に入学したのですが、もっとコンピュータの勉強をしてみたくて、とりあえず一年間、休学しております」

「コンピュータ・プログラミングが趣味なんですか。結構いろいろと勉強されているようですね」

「ええ、資格は持っておりませんが、小学生の時から自分で勉強してきました。C++やC♯は得意としています。Javaもできます。暗号化やセキュリティーの勉強も始めました」多少盛ってはいるが、嘘ではない。

 それから一通り履歴書の内容を確認すると、どんなゲームが好きかと聞いてきた。ぼくがいくつか挙げたタイトルを聞いて、彼女はうれしそうにうなずいた。話すうちに、彼女も相当なゲーム好きであることがわかり、意気投合したぼくたちは、しばしゲーム談義に花を咲かせた。

 最後になにか質問はありませんかと聞かれて、ここぞとばかりに新型VRについての質問を投げかけた。しかし結局その答えは、なにひとつ具体性を持って返ってくることはなかった。


 採否につきましては、後日高原より連絡さていいただきます。それだけ言われて、ぼくは研究所を出た。待たされたより短い面接だった。事務の女の子と話しただけで、担当者と会うこともなく、ましてや新型VRを体験することなど一切なく、形だけの面接は終わった。やはり自分が採用されることなどないだろうと考えて、ぼくはトボトボと駅に向かって歩いた。

 結局、こんな夢のような仕事に就くことは、自分にはないのだろう。いままでだってそうだ。自分の人生を振り返れば、楽しくないことは思い出せても、楽しかったことなどなにも思い出せない。

 日陰のような人生の転機になるだろうと願った大学入学も、その思いはまったく叶わなかった。部活動などするつもりはなかったが、強引な勧誘によってボクシング部に入部してしまった。声を掛けてきた先輩がやさしそうな人だったし、格闘技を身に付ければ少しは性格も変わるのではないか。そう思ったのはあとからのこじつけだろうか。結局は気の弱さから断り切れずに、体験という形で入部してしまった。新入生は6人いたが、誰もがスポーツマンタイプの体育会系であり、性格も体格もまったく違った。初日から雑用係が決定し、先輩たちだけでなく同じ1年生からもこき使われる毎日となった。退部を願い出ても聞き入れられず、部費のためにアルバイトまで押し付けられた。学費は親掛かりだったが、借りているアパートや生活費は自分で賄うという約束も果たせなくなりそうだった。経済学の勉強も楽しいとは思えず、大学に通う意味そのものをどこにも見いだせない日々。高い入学金や上京の費用も工面してくれた両親に申し訳なくて退学はできなかったが、しばらく休学することが唯一の手段だった。

 好きなゲームにしたって、苦い思い出ばかりだ。あれは遠い昔、確か小学三年の時のことだ。友達数人と集まって対戦ゲームをした。そこで圧倒的な強さで勝ち続けてしまったのだ。まだ子供だったから、相手の気持ちを考えることもなかった。ただひたすら勝ちまくり、得意の絶頂だった。周りの友達は嫌気がさし、そのうち誰かが、外でサッカーをしようと言い出した。実際のスポーツは苦手だったから、そこでぼくは散々いまのゲームの仕返しをされた。そしてそれ以来、仲間内でイジメの対象のような存在となってしまった。

 その日を境にぼくは友達と遊ぶことはなく、ただ独りで遊ぶようになった。ゲームの世界に入ると、そこには現実にはない自由な空間があった。そうやってずっと独りで過ごしてきた。いつしかゲームの世界もオンライン対戦が主流となり、時流を知るためにも時々はやってみることはあった。

 しかしそれは心の底から楽しめるものではなかった。機械相手ではなく人間を相手にする時、いつもこわごわプレイしてしまうのだ。自分が勝ったあとには、必ず相手を勝たせるようにしていた。そんな時、あるオンライン・レースゲームで、ひとりのプレイヤーが目に留まった。

 非常に洗練されたドライブをする人だな、そう思った。強気ではあるが、強引な幅寄せや無理な飛び込みは一切なく、常に相手のスペースを尊重していた。勝ち負けよりも、ただ走ることを楽しんでいるように思えた。そのプレイスタイルに好感を持ったぼくは、迷った挙句初めてフレンド登録依頼を相手に送った。その日返事はなかったが、翌日回答があり、自分がフレンドとして許可されたことがわかった。それが晶だった。

 たとえゲームの中であっても、晶に出会うことができたんだから、自分の人生いやなことばかりではなかったんだ。

 そう思うとようやく、ぼくは笑顔になれた。

 晶はぼくのフレンドだ。現実の友達ではないかもしれない。それでも晶は、ぼくにとって唯一の友達だ。かつてそうであった誰よりも、確かな友達と言える存在だ。いつか実際に、晶と会ってみたいなぁ。

 見上げた空を、ムクドリの一団が巣に戻るために飛んでいった。目に染みる夕焼け空を眺めながら、ぼくはまだ一度も会ったことのないその友達のことを想い続けた。


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