第3話 中国の輩1

 部屋の中央に置かれた高性能コンピュータにくっつくようにして、二人の技術者が額を寄せていた。太い配線をつなげたヘルメット型端末を手に、細かい文字と図の書かれた紙を見比べている。その配線を小さな箱につなぎ、さらにその箱から出ている線をコンピュータにつなぐ。

「ジュウヂェヤンハォマー?」

「だから、会話はすべて、日本語だよ。また叱られるよ」

「ああ、そうだそうだ。では日本語で。えー、これでいいんでしょうか?」

「いや、これはこっちにつなぐんだよ、多分」

「こうかな? 本部があまりに急がせるから、手書きの説明書しか入っていなかった。しかもすべて日本語だよ」

「ないよりましだ」

「図は詳しく描いているし、漢字があるからだいたい理解、できるね」

「会話より、ずっと簡単ね」

「でも我々のような技師まで日本語強制、おかしあるね。日本語はオペレーターだけで、十分ね」

「あなたまだ、日本語おかしいあるね」

 二人は顔を見合わせて笑ったが、向こうから現場指揮官の周(しゅう)錦(きん)民(みん)がやってくるのを見ると、口を閉じて忙しそうに手を動かした。

「どんな具合だ?」周に聞かれて、年上の方が立ち上がって答えた。

「だいたい、順調です」

「だいたいではだめだ。完璧に仕上げろ。いいな」

「はい、大丈夫大丈夫」

 眉間にしわを寄せ舌打ちした周は、作業中の端末を手に取ると、中をのぞき込んだりさわってみたりした。

 いったいどんな構造になっているのだろう。こんなもので本当に頭の中がスキャンできるのだろうか。どうなっているかはまったくわからなかったが、さすがはメイド・イン・ジャパン。手にしただけでその質の高さははっきりとわかった。

 頭をすっぽり覆うその形は、フルフェイスのヘルメットのようだ。頭頂部のコネクタとコンピュータが太いケーブルで繋がっており、脳とデータのやり取りが行われる。まさしくBCIだ。ずいぶん前から脳に電極を差し、様々な実験が行われてきた。そして実際に肢体不自由者が脳と機械とを接続するBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)によって、頭の中で思うだけで装置を動かし水を飲むことにも成功している。しかしマウスやサルなどの実験動物も含め、これまではすべて頭蓋骨に穴を開け、脳に直接電極を差していたのだ。それに対しVRLのこの技術は、まったくの非侵襲型であり、使用者の身体には針ひとつ差すこともない。しかも噂ではこれを使った者の脳は、それ以前と比べ明らかにニューロンの動きが活発になっているそうだ。ありていに言えば、その刺激によって頭がよくなるのだ。

 VRLにおいてこの装置は、仮想現実へのインターフェイスとして使っているわけだが、近々設立を予定している別会社では、障碍者向けの福祉目的での開発が進んでいるとのことだ。そうなれば身体の不自由な人には、夢のような福音であることは間違いない。我々としてもどうにかしてパテントを迂回して、この技術を使うことは考えている。世界中高齢化の波は押し寄せているのだから、福祉事業が儲かることは確実だ。

 だが我々が本当に関心を寄せているのは、兵器としての使用だ。兵士をサイボーグ化するような手間をかけずとも、このヘルメットをロボットスーツに組み込めば、桁違いの攻撃力が得られるし、ネットに繋がっていれば指揮系統にも乱れはあり得ない。全身に装甲を纏い、銃弾にも毒ガスにも放射能にもびくともしない兵士を前線へと送り込めば、その進軍をとどめる術はないだろう。

 そのためにも是が非でもこの技術を解析し、我がモノとしなくてはならない。こう言ってはなんだが、人のモノを我がモノにするのは我々の十八番(おはこ)だ。これまでだってそうやってきたのだし、弱肉強食は世の常だ。そもそも日本など、なにもかも我が大陸から流れていったモノで発展してきたのだから、それを取り戻すのは当然のことだ。

 今回の作戦においても通常のドローンではなく、このシステムを使ってドローンを動かすのはその方が成功の確率が格段に上がるからだ。攻撃目標を含むその現場を、直に人間の脳が感じながら操縦することで、臨場感がはるかに大きくなる。実行者は運動神経のよい、ゲーム慣れした者を選抜してある。迎撃があってもそれをかいくぐり、目標の深部に確実にプレゼントを届けられるだろう。しかもそうすることで、その実行者は日本人となるのだ。

 装置を観察しながら都合のいい物思いに耽っていた周だったが、その横にまだ箱に入っている端末を見つけてふと不安がよぎる。部下を通して工程の指示は出していたはずだが、もしかして……。

 視線をさきほどの年上の技師に向けると、周は状況を確認した。

「箱に入ったままの端末がふたつあるようだが、もしかしてこれがひとつ目なのか?」

「はい、そうです」

「それでは、一台目がまだその状態だということなのか?」

「……そうです」

「ソフトのインストールは、完了したのか?」

「いえ、まだ。配線の接続ができてから……」

「配線の接続ができてからって、まだひとつ目が半分もできていないじゃないか。端末は全部で三台あるのだぞ。それからソフトをインストールして、動作確認していたら、とても今日中には終わらないだろうがっ」

 しだいに大きくなっていく周の声とは逆に、二人の技師はどんどん小さくなっていった。そして同じように小さくなっていく声で応えた。

「二、三日で、できればいいと思っていましたので……」

 大声で怒鳴りそうになった周は、なんとかそれをこらえた。そのまま部屋のすみの電話のところに大股で歩いていくと、むしり取るように受話器を取り上げる。

「私だ。大至急システム・エンジニアを三人ほど、こちらによこしてくれ。例の端末のセッティングが、まったく進んでいないのだ。ああ、腕の立つ者にしてくれ。ここにいるふたりは、使い物にならんのだ。大至急だぞ」

 それだけ言うと、叩きつけるように受話器を戻し、また部屋の中央に戻ってきた。二人の技師は周と目を合わせないように、懸命に作業を続けていた。

「聞いていただろう。すぐに人が来る。絶対に今日中に仕上げるのだぞ。明日には東京とつないで、やるべきテストが山ほどあるのだからなっ」

 小さくなったまま二人の技師は、出ていく周の後ろ姿を横目で見ながらささやきあった。

「今日中なんて、聞いてなかったよな」

「ああ、聞いてなかったよな」


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