目が『ね』になっているあの人は

杉野みくや

目が『ね』になっているあの人は

 オンラインゲームにログインし、『おつかれ〜』とチャットを送る。

 いまログインしているのは私の他にひとりだけ。みんなから「めがね」って呼ばれてる。

 たしかに彼のアバターもメガネをしてはいるんだけど、実はそれが理由ではない。


『おつかれ〜(ねωね)ゞ』


 ほら、目がになってるでしょ?これが呼び名の由来。

 彼はことあるごとにこの顔文字を多用している。ある種のアイデンティティのようなものかもしれない。

 実際に会ったことはまだないけど、ゲームは上手いし、話も面白い。


『ルミルミ、今日なんか元気なくない?』

『え?なんで分かったの?』

『ん〜、なんとなく?』


 いや、なんとなくで察せられるのがすごいよ。それがめがね君のすごい所ではあるんだけどさ。


『会社でちょっとやらかしちゃってさ。みんなに迷惑かけちゃったのが』

『そっか〜。前に言ってた、憧れの先輩とやらにも迷惑かかっちゃった感じ?』


 うっ、まさかここまで見抜いてくるとは。


 呆れ交じりのため息をつきながら、キーボードを叩いていく。このカタカタ音だけが部屋に響く様子が余計にむなしさを加速させている気がした。


『そー。だからもう、嫌んなっちゃって』

『それは災難だったね。でも、もうすぐギルドのオフ会だし、切り替えて頑張ろうよ』

『そうだね!みんなに会えるの楽しみ!』


 彼につられて無理やり気持ちを切り替える。

 

『それじゃ、明日早いから寝るよ』

『うん。おやすみー』

『おやすみ(ねωね)ゞ』

 

-----


「えっと、ここがオフ会の会場ね」

 

 受付を済ませて名札を受け取り、中に入ると既に何人かが先に着いていたようだった。初めて会うのだから当然、みんなの顔も初めて見る。はずだった。

 彼の姿を見た瞬間、思わず「え」と驚きの声が漏れてしまった。


 整った顔立ちに短く整えられた真っ黒な髪、そしていかにも賢そうな細ぶちの眼鏡をかけた細身の男。


「どうして、先輩が?」


 つい声をかけてしまった。

 その先輩らしき男性は目を丸くしたままその場で固まってしまっていた。何か話を続けようと目をキョロキョロ動かしたところで、またも目を疑う事実を突きつけられた。


 彼の首にかかっている名札。そこに記されたプレイヤー名の下にあの「(ねωね)ゞ」という顔文字があるではないか。


「もしかして、めがねとルミルミ知り合いだったのか?」


 ギルドリーダーがそう問いかけてきたが、とても答えられる状況ではなかった。

 まさかめがね君が、あの憧れの先輩だったなんて。頭から血の気がらさーっと引いていく。


 オフ会はまだ始まったばかり。

 だけど既に、胃が痛くなってきていた。

ううっ、この前のやらかしの件もあって、とても気まずい。

 これから先輩とどう接していけばいいんだろう?

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目が『ね』になっているあの人は 杉野みくや @yakumi_maru

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