幼なじみはめがねを無くす(KAC20248)
しぎ
めがねとコンタクトは違う
幼なじみがめがねを無くした。
――いや、めがねって人によっては生活必需品だろ、なんで無くすんだよ……と言いたくなるが、みどりは無くすのだ。
「んん……んぐぐ……」
体育の授業でめがねを無くすと、その次の授業で机から身を乗り出しながら必死で黒板の字を解読しようとするみどりのうめき声が、離れた俺の席からも聞こえる。
多分コレ、高校生の女子が出しちゃいけない部類の声だと思うのだけど。
「……うん、
その次の休み時間で会うと、めがね越しでも細い瞳がさらに細くなって、寝てるのか起きてるのかわからないような表情をしている。
「みどり、板書取れたのか?」
「取ったよ? 大体教科書の写すだけだし」
「でもお前教科書も顔突っ伏しながら見てるじゃねえか」
本当にみどりは視力が昔から悪い。きっと昔からいろんな本を読んでたからだ。
あとみどりの父親も母親もいつもめがねだから多分遺伝だろう。
「そんなことないよ」
「でも見えるのか?」
「見えるよ? こーうやれば」
そう言ってみどりは目を見開く……見開いてるんだろうけど、正直あんまし変わらない。
「そういうもんじゃないだろ……誰かにノート写させてもらえよ」
「大丈夫だよ。1回ぐらいなんとかなる」
まあ、みどりは成績良い方だからな。俺みたいに頑張って授業についていって、やっと平均ちょい下を保てている人間にはわからないこともあるのだろう。
……だから、俺にはみどりがめがねにこだわる理由もまた分かっていない。
「みどりーそのままだと保育園の散歩の列に突っ込んで、昨日の雨でぬかるんだ砂場のところで転んで色々と台無しになるぞー」
真夏の雨上がりの日、部活帰りの俺はそう言って裸眼のみどりが歩むのを止めた。
まためがねを無くしたらしい。俺が止めなかったら大惨事待ったなしである。
「……あ、海、ありがと」
「……お前さ、いい加減コンタクトにしろよ。無くすたびに面倒だろ」
「平気よ。後で見つかるし」
確かにみどりのめがねは後で必ず見つかる。なんだ、特殊能力か?
「でも危ないだろ。さっきだって俺が声かけなかったら顔中泥まみれだったんだぞ」
「ああ……それは、ちょっとまずいかな。砂場の泥じゃパックにもならないし」
そもそもお前は泥パックなんてするような洒落た人間じゃねえだろ。
見た目にこだわるぐらいならその時間で本読みたいとか思うタイプだろ。
「……まあいいや。どっか行くのか?」
「うん、めがねを買おうかなって」
「やっぱり見つかってないんじゃないか」
「違う。予備を買いに行くの。……海は、どんなのが似合うと思う?」
似合うって、めがねにそういうのあるの?
「普段のやつと同じでいいじゃん」
「……分かってないなあ」
……何が?
「……海、暇でしょ。めがね選び手伝ってよ」
――どうもめがねにも色々あるらしい。
近所のめがねチェーン店の中には、形やら色やら様々な種類のめがねが所狭しと並んでいた。
「これでいいだろこれで」
俺はみどりが普段掛けている黒縁真ん丸のめがねを見つけて差し出す。
「予備なんだからさ、いつもと違うやつがいいの」
みどりはそれには目もくれず、陳列棚の中から一つ取ってそっと掛ける。
そういえばみどり、いつの間に髪を切ってたらしい。髪をかき上げる必要もなく、スムーズにみどりの顔にめがねがすっと収まる。
……なんだか、そのために耳が存在しているのかと思うぐらい自然だ。
「どう、これ?」
みどりが振り向く。
見慣れたみどりの顔の上に、楕円形のレンズと主張のない赤縁。
「良いんじゃないの」
……なるほど、これはこれでありだ。
みどりの顔が全然隠れていない。
元よりみどりの顔は悪くないというかむしろ良い方なのだ。
「じゃあこっちは?」
と、気づいたらみどりが別のめがねを掛けている。
今度はもっと四角っぽい形状で、縁は金に輝いている。
「え、ありじゃないか」
……これもありだな。
みどりの白い肌とよく合っている。
「じゃあ、これは?」
――と、そんなのが30分ぐらい続いた。
「……で、海はどれが一番良かった?」
ええ……
でも確かに、めがねが変わると、みどりは変わった。
変わったと言っても、もちろん顔は変わってないのだが。ただ、めがねが変わったみどりは、確かに別のみどりだった。
「うーん……サイズのでかいやつも良かったけど、そっちの銀縁のやつも良かったかな……」
あれ、割とめがねって、何でも良くはないぞ?
今まで見た中から、どれか一つしか選べないとなると、妙に心残りだ。
「……分かった? コンタクトにしない理由」
――悔しいが、分かったことにしておこう。
幼なじみはめがねを無くす(KAC20248) しぎ @sayoino
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