Bパート

 私は津島の取り調べ状況が気になり、城西署を訪れた。するとちょうど橋本刑事が捜査課の部屋にいた。私は聞いてみた。


「津島の取り調べは進みましたか?」

「いや、まだだ。だがきっとゲロさせてやる!」


 橋本刑事はそう言って取調室に向かった。その目はやはり冷たくて厳しい。私がその後姿を見送っていると、橋本刑事の同僚の刑事がそっと寄って来て小声で伝えてきた。


「橋本さん。おかしいんですよ」

「どうかしたのですか?」

「取り調べがまるで拷問のような・・・自白を強制しようとしているんです」

「まさか・・・」


 私は信じられなかった。あの橋本さんが・・・。


「津島にはアリバイがない。ずっと家にいたというのです。状況証拠から津島の容疑が濃厚なんですけど他に証拠がない。だから何が何でも自白させようとしているのです」


 同僚の刑事の話を聞いて私は危うさを感じていた。もし津島が犯人でなかったら・・・

 

 ◇


 私は捜査1課に戻った。そこで荒木警部に今までのいきさつを話して相談してみた。


「なるほど。それは変だな。橋本刑事がそれほどまでして津島に自白させようとするのは・・・。ひょっとしたらひょっとするぞ」


 荒木警部は何か裏を感じているようだった。


「それに津島という暴力団員。家にいてアリバイがないというのだな。だがこれもちょっと怪しい。もしかしたら・・・いや、きっと警察には話せないことをその時間にしていたに違いない」

「それなら津島のアリバイを証明すれば城西署の、いや橋本刑事の取り調べは終わりますね」


 横で聞いていた倉田班長がそう言った。荒木警部は大きくうなずいた。


「よし。倉田。第3班で津島のアリバイを探せ!」



 私たちは事件当夜の津島の行動を調べた。すると新たな事実が浮かび上がった。その犯行時間、津島は麻薬取引の現場にいたのだ。それは逮捕した組員がすべて自供した。それなら津島が遠く離れた光江のマンションに行けるはずはない。彼のアリバイは証明された。


 

 私は倉田班長とともに城西署に乗り込んだ。橋本刑事は今日も津島に対して厳しい取り調べをしていた。私たちはその取調室のドアをいきなり開けた。


「なんですか! 取り調べ中に!」


 橋本刑事は大声を上げた。黒縁眼鏡の奥に見える目が怒っている。津島はボコボコにされて顔にあざがいくつも見えた。倉田班長はゆっくり津島と取調室を見渡してから、橋本刑事に告げた。


「ここでの取り調べは終わりだ。津島はこちらで引き取る」

「どういうことですか!」


 橋本刑事が机をバーンと叩いた。私は冷静に彼に言った。


「事件当夜、津島にはアリバイがあります。麻薬取引の現場にいたのです」

「何だって!」


 橋本刑事は驚いて黒縁眼鏡を外した。


「聞いた通りだ。津島の殺人の容疑は消えた。だから身柄はもらっていく。傷害と麻薬取引についてこちらで取り調べをしなければならん」


 倉田班長の言葉に橋本刑事は反論できず、プイと横を向いて椅子に座り込んだ。


「では津島はもらって行くぞ」


 倉田班長と私は津島を左右から抱えて取り調べ室を出て行った。


 ◇


 捜査1課で津島の取り調べを行うことになった。彼には傷害と麻薬取引の容疑がある。本来であればこのことを調べるのだが、ホステス殺しのことが気になっていた。私はそのことについて津島に尋ねた。


「西森光江さんが殺されましたが、犯人に心当たりはありませんか?」

「あるわけない。いや、知っていても言わねえぜ」


 津島はふてぶてしい態度だった。それほどだから橋本刑事の拷問のような取り調べに対抗できたのだ。だが倉田班長はその一枚上だった。


「そうか。言わないか。それならお前は殺人犯になる。真犯人がわからないとな、今までの犯罪歴からして・・・」

「おい! どうなるんだ!」

「知らない方がいい。知ると絶望するからな。じゃあ、これでお終いだな。後悔するなよ」


 倉田班長は立ち上がって取調室を出ようとした。すると津島は慌てて呼び止めた。


「おいおい! 行かないでくれ! 思い出した。思い出したんだよ!」

「そうか。それなら聞こう」


 倉田班長はまた椅子に腰を下ろした。津島は話し出した。


「光江の奴。若い学生といい仲になりやがった。そのことを厳しく責め立てたら、もう別れる、許してくれと泣いて頼んだ。だからその学生に別れ話でもしたんだろう。そいつが逆上して光江を刺したに違いねえ!」

「そいつの名は? どこの学生だ?」

「確か帝都大学・・・法学部の2年生の橋本とか言っていたな」


 私はそれを聞いて嫌な予感がした。


(まさか橋本さんの弟が・・・いや、そんなはずはない。橋本さんの弟は優秀な人のはずだ。そんなことをするはずはない。多分、人違いだ・・・)


 私はそう思い込もうとした。

 一方、倉田班長はマジックミラーに向けて手で合図した。その向こうの部屋には藤田刑事と岡本刑事がいる。2人に帝都大学に連絡して橋本という学生の住所を調べるように指示したのだ。


「日比野は・・・」


 倉田班長が私に指示を出そうとしたが、私は立ち上がって頭を下げると


「すいません。ちょっと確かめたいことがあります」


 と取調室を飛び出した。

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