人はそれをどうやって知るのか

タカサト ロク

人はそれをどうやって知るのか

「ねえ、君は人なの?」

「え? そうだけど……」

「なら、私は人?」

「え? そうでしょ」

「そうなんだ。自分が人ってどうやって知ったの?」

「どうやってって……。人から産まれたし……」

「そっか。じゃあ、君を産んだ人はどうやってそれを知ったの?」

「それは、知らないけど……。でも人だよ。……人の見た目をしていたし」

「そうなんだ。じゃあ、見た目が人なら皆人なの?」

「えっと……。そうなんじゃないかな」

「そっか。良かった。じゃあ私は人なんだね。皆と同じ、君と同じ」

「う、うん」

「私、自分が人なのか調べたことがなったから、皆がどうやって自分を人って認識しているのか不思議だったんだ」

「えっと、私も調べたことは無いけど……」

「そうなんだ。でも、人の見た目なんだったら、人だもんね」

「え、う、うん」


 そんな風に言われ思わず混乱してきた。人はどこで自分を「人」だと認識するのだろうか。他人をいつ「人」だと認識するのだろうか。 

 人は進化の生き物だ。なら、人と進化後の境界線、または中間に位置するのはどこなのだろうか。つい、そんなことを考えてしまう。


「大丈夫?」


 考え込んで黙ってしまったからか、目の前の少女が心配して顔を覗き込んできた。


「あ、うん。大丈夫」

「良かった」


 屈託のない美しい笑顔だ。


「ねえ、君って起きてる?」

「え、うん」

「そうなんだ。じゃあ私は起きてる?」

「え……う、うん」

「それってどうやって知ったの?」

「どうやってって……。だって、こうやって会話できているし……」

「会話ができれば起きているの?」

「う、うーん。眠っていたら会話はできないし……。だから君は起きているよ」

「そうなんだ。良かった。どうやって知ればいいか分からなかったから安心したよ。私、君と同じで起きているんだね」

「……うん」


 あんまり真剣に考えた事が無かった問いかけになんだかだんだん自信が無くなってくる。


「あ、何か落ちてきた」

「ん? あ、冷た! これは『雪』だね」

「『ゆき』って冷たいの?」

「え? う、うん。触ってみたら冷たいって感じるんじゃないかな」

「そうなんだ」


 そういって少女は落ちてくる雪の結晶に手を伸ばし、その感覚を確かめる。


「……冷たいって分からなかったら、私、おかしい?」

「え? いや、そんなこと無いと思うけど……。人それぞれだろうし」

「そっか。良かった」


 相変わらず屈託の無い美しい笑顔。あまり少女には似つかわしく無い、愁いを帯びた、美しい笑顔。それはまるで彫刻のように血の気を感じない。


「ねえ、この先って行ったことある?」

「えっと、無い……かな」


 指し示された先に続く道。ここと同じで無機質な灰色の道に灰色の植物。

 ……あれ、そういえば、ここ、どこだっけ。


「じゃあ、行ってみようよ!」


 胸騒ぎがして私はその申し出を断る。


「いや、止めておくよ」

「どうして?」

「何か嫌な感じがするんだ。その先には行きたくない」

「行ったこと……ないんだよね?」

「無い……はずだけど」

「なら行ってみようよ。行ってみたら嫌じゃ無くなるかもしれないよ!」

「わ!」

「ほらこっちこっち! ダメだったら引き返せばいいんだから!」


 好奇心旺盛な少女に強引に手を引かれる。


「ま、待って!」

「だいじょぶ、だいじょぶ!」


 そういって私を引っ張る少女の腕には私と同じ痣があった。


「わー! さっきの場所と全然ちがうね!」

「え……」


 しばらく走った後、たどり着いた先には色とりどりの花畑が広がっていた。


「ほ、本当だ」

「今も嫌な感じ?」

「う、うん」

「そっか。ごめんね、じゃあ引き返そうか」

「うん……」


 さっきの無機質な場所に比べて随分心の落ち着く場所のようなのに、何故か私は内側から湧き上がってくる恐怖にも似た感情に苛まれていた。そそくさと元居た場所に戻ろうとするが、少女はまだ先に興味を惹かれているようだ。


「ね、やっぱりもう少しだけ行ってもいい? 君は先に戻ってていいから」

「え……」


 一刻も早く戻りたかったが、何故かも分からない胸騒ぎのする場所に少女を一人残すなんて……。


「少しなら……。付き合うよ」

「ほんと⁉ ありがとう!」


 屈託の無い笑顔に少しばかりため息をついてその後に付いていく。だがそれもほんの少しで済んだ。


「なんだ、行き止まりだった」


 そこにはもう道は続いておらず、下がどうなっているかも分からないほどの高い高い崖の上だった。


「ねえ、この先はどうなっているのかな」

「さ、さぁ……」

「ね、飛び降りてみようよ」

「え⁉ ダ、ダメだよ!」

「どうして?」

「どうしてって、こんなところから飛び降りたら死んじゃうよ!」

「死んじゃったらダメなの?」

「え……。だ、だって死んじゃったら何も無くなっちゃうし」

「そうなんだ、それは嫌だね。そういえば君、死んだことあるんだね」

「な、無いけど……」

「え、ならどうやってそれを知ったの?」

「……えっと」

「そういえば私も君も生きているの?」

「え? う、うん」

「それってどうやって知ったの?」

「えっと……それは」

「……ならここから飛び降りたことは?」

「な、無いけど」

「ならどうやって死んじゃうって知ったの?」

「それは……。でもこんな高い所から落ちたりしたらきっと死んじゃうよ」

「そうなんだ……。じゃあ、試してみるね! ダメだったら引き返せばいいんだから!」

「え! ちょっ!」


 唐突な事態に少女を止めようとしたが、その手は届かない。慌てて崖の下を覗き見たが、もう既に彼女の姿は無く、辺りは静まり返っていた。ダメだ……、「それ」がダメだった時はもう引き返せないのだ。私はその場に座り込み、しばらく動けなかった。


 *** 


 身体が冷たい。どのくらいこうしていたのか……。私は重い足取りで元居た場所に戻る。


「え……」


 一瞬息が止まった。戻った先、灰色の場所にはあの少女の姿があったのだ。


「ただいま!」


 相変わらず屈託の無い美しい笑顔。

 積もった雪にはもう冷たさを感じなかった。

 その瞬間、私は「それ」を知る。


 少女の瞳には、同じ少女が映っていた。


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