エルフについて⑧

長月 鳥

女神の魔法

 「長寿の神薬である血、永久に輝き続ける眼球、永久機関が生まれる心臓。余すことなく奪い取れ、あのエルフを生きたまま捕獲しろ」

 武装した集団のリーダーらしき男が雄叫びを上げた。


 「急いで家の中へ」

 フローレンはそう叫び、リンネの手を取った。


 「本気でそんなこと言う連中がいるんですね」

 リンネは呆れ顔でフローレンと一緒に家に入った。

 「数十年に一回ぐらいの周期かな、困ったものだよ」

 フローレンは肩を落とし項垂れた。

 「説得してきます。こんな科学的根拠のない愚行。同じ人間として許せません」

 リンネはドアノブに手を伸ばす。

 「ダメだよリンネ。君も殺されてしまう」

 「僕は大丈夫ですエルフじゃありませんから」

 「ダメなんだ……」

 フローレンは必死にリンネの手を握った。

 「なにがダメですか?」

 

 「君もエルフなんだよ」

 「は?」

 俯くフローレンにリンネは動きを止める。

 「正確にはハーフエルフ。私の友人の家系だ」

 「何を言っているんですか唐突に……」

 一度は否定したリンネだったが、自身が手にしている物に目をやった。


 それは、フローレンがミミックから取り出した友人の宝物。辞書かとも思われる厚さの書物。中には沢山の写真、友人が遺したのは思い出が詰まったアルバムだった。

 

 風呂敷から落ちたアルバムを捲ると、喜怒哀楽に富んだフローレンの姿が多数あった。

 リンネはその写真に見惚れていた。

 そして、自身に芽吹くフローレンへの想いに気付き、それを伝えようとした矢先の強襲であった。


 「この写真の子、君なんだよリンネ」

 フローレンはバツが悪そうにアルバムの中の1枚の写真を指差す。

 「これは……」

 リンネは言葉を詰まらせる。


 そこには確かに幼少期の自分の姿があった。

 いつ撮られたとか、なんで死んでしまったエルフのアルバムに自分が写っているのか、様々な考えが巡ったが

 「僕はフローレンさんの友達の子供ってことですか?」


 生まれてこの方、父親の話を一切しない母。少し尖った耳。この写真。そして何の脈略もないフローレンの言葉。

 その結論に至るに時間は必要なかった。

 

 「ごめんね、アイツただのスケコマシだったんだ。悪い奴じゃないんだけどさ、自分の子供達には一人残らず贅沢できるくらいの仕送りはしてたみたいだし」

 「……」

 母子家庭にしては何不自由ない暮らし……いや、母親に至ってはブランド品も持っていた気がして唖然とするリンネ。


 「この世界に来て、魔力という概念がほぼ消え失せてしまったけれども、なんとなくそんな気がしていたんだ。君から感じる懐かしい雰囲気……正直、ちょっと好きになりかけた」

 あけすけないフローレンの言葉に顔を赤らめ、自分も同じ気持ちだと伝えることが出来ない状況に戸惑うリンネ。


 「僕も奴らに捕まったら生きたまま臓器を抜かれると?」

 「エルフの血が混ざっているからね、普通に生活してれば大丈夫だったかもしれないけれど、私と一緒だし……ごめんね」

 「なんであなたが謝るんですか、フローレンさんはまったく悪くないです。僕、やっぱり説得してきます」

 「ダメだってば、リンネには死んでほしくない」

 フローレンの潤んだ瞳にリンネの心は酷く動揺した。


 「そのエルフのこと、好きだったんですか?」

 「うん」

 “正直な人だな、でもだから惹かれるのかもしれない”

 リンネは自分の気持ちが本物だと気付かされた。


 「僕はフローレンさんのことが好きになりました」

 「え? こんな状況で何を言っているのさ君は」



 「大人しくしてりゃ傷つけはしない。さっさと出てこい」

 外から聞こえる野太い声。

 「傷つけないのは今だけだけどな」

 小さく聞こえたその言葉に、大笑いする集団。


 「まだ奴らはリンネのことを認識していない。耳を見られなければただの人間だと思うかも……この帽子を深く被って逃げて。私が奴らの気を引いているうちに」

 フローレンはリンネを裏口へと案内する。


 「嫌です。一緒に逃げましょう」

 リンネはフローレンの手を強く握った。

 「奴らの……2人一緒になんて無理だよ、お願いだから君だけでも逃げて」

 「なんで僕だけ逃がそうとするんですか」

 「私は……ほら、十分長生きしたから……」

 「ダメです。まだ生きていて下さい」

 “僕のために”

 リンネにはまだその言葉を口にする勇気はなかった。

 けれど、もっと一緒に居たいと思う気持ちは確かだった。


 「リンネ……」

 

 フローレンは後悔していた。

 アルバムに映る幼いリンネの姿。

 そこに添えられたエルフ文字。


 “私の愛する子供達

 エルフの血が薄れ

 平穏が訪れることを願い

 遠くから眺めることしか出来ない私を許して欲しい”

 

 何故、出会ってしまったのだろうか。

 何故、好きになってしまったのだろうか。


 憧れていた友人はエルフの血を憎んでいた。

 それ以上に人間を愛していた。


 だからこの新しい恋は自分のワガママ。

 独りよがり。

 そうしてリンネから離れる決心をしていた。


 だけど……。


 「リンネは、私のこと信じてくれる?」

 「もちろん、だから一緒に逃げましょう」

 「後悔しない?」

 「しません」

 「私、長生きだよ」

 「お風呂は3分以内に済ませます。耳も綺麗に洗います」

 「私はリンネが好きだ」

 「僕もフローレンが好きです」

 

 「おらぁ、開けろよー」

 痺れを切らした男達が、家のドアを激しく叩く。


 「リンネ、魔法は信じる?」

 「え? 魔法ですか?」

 異界の門が開き、魔法という非科学的な存在も世界に広がった。

 しかし、魔法の源は信じる力。

 使えぬ人々が多い世界で効力を失っていくのに、そう時間は掛からなかった。


 「フローレンが信じろと言うのなら信じます」

 「よし、私の手を掴んで」

 「はい」

 「一緒に唱えよう」

 「分かりました」

 リンネはフローレンの手を握り返し、目を瞑った。


 “我、信ずる者

 女神の器、女神の鼓動、女神の力

 その力、我に賜り魔力の源

 女神斯く在りき 

 MEGA NEO THETA on NAY THUNDER”


 2人がその呪文を唱えた瞬間、家の外で雷鳴が響く。


 そして2人は、気絶した男達を乗り越え、旅立った。


 リンネが耳を大事にし、フローレンと長く生きたかどうか

 それは、また別のお話。

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エルフについて⑧ 長月 鳥 @NoryNovels

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