第49話 絶望

「うん。いいよ。おいで‥‥‥シン」

「うん。怖かったよー。アイ」


 クズを膝枕しているアイの心情は、嵐のように荒れていたが、今回は完璧に隠していた。憎しみの代わりに、慈愛に満ちた表情を浮かべる。


「疲れてるでしょ。寝ちゃって良いんだよ」

「んー‥‥‥でも、この後女の子達と‥‥‥あの、あれ。遊ぶ約束が‥‥‥」


(正直にお金を払って性交してもらうんですって言えば良いのに)


 そう思い、心の底から軽蔑したが、アイの表情は真剣そのものだった。


 カナタの死を知ったあの日から、王子のことを第一に考える、健気な正ヒロインとしての振る舞いを完璧にこなしていた。

 全てはこの害悪でしか無い男を消すため。

 それだけのために、今のアイは動いていた。


 それにしても、本当にこの男の脳みそは終わっている。


 先日の事件の犯人は、その性交をした女子の内の一人だった。多くの女子に馬鹿にされているクズだが、中には恋愛感情を抱いてしまう変わり者もいたらしい。

 一夜の関係では満足できなかった彼女は、クズに交際をお願いした。男の趣味は最悪だが、告白には相当な勇気がいる。それをやり遂げた女の子にクズはこう言い放った。


「ごめん。君は性的には魅力的だけど、恋愛としてはクソほど興味がないんだ」


 何様。

 アイはこの二文字が頭に浮かんだ。


(そんな、女の子な気持ちを引き裂いた奴が殺されても文句は言えないだろう。なんで、カナタが犠牲にならなきゃならないんだよ。お前が死ねば良かったじゃないか)


 頭の中で呪詛を繰り返す毎日。

 しかし、それも明日終わる手筈だ。

 殺害の準備が整ったのだ。

\



 色々考えたが、やはり事故に見せかける殺し方に決めた。


 シン王子に恨みを持っているのは、何もアイだけではない。事故で死ねばその人達が「天罰」と捉えてくれるかもしれないという打算のために選んだ殺害方法だ。


 さて、この城には無駄にデカいものがたくさんある。

 誰だか分からないおじさんの銅像や、持ち主も良さが理解しているか疑わしい絵画など、潰されたら人間の息の根を止められそうなものだらけだ。

 デカい城でデカい態度と自尊心で人々を傷つけてきたシン王子にはお似合いの死に方だろう。


 アイは、城中を隈なく探索した結果、最も殺人に向いている「デカいもの」を見極めた。


 シャンデリアだ。


 ハイエースという、たくさんの人やものを運ぶのに適している車をご存知だろうか。あれくらいのデカさだ。

 さらに、天井にブラ下がっているため、落とされた時の衝撃は想像を絶するだろう。


 このシャンデリアを9月27日13時30分頃に落ちるように細工してある。

 4ヶ月の間、皆が寝静まった深夜にワイヤーを用いて、少しずつネジを緩めていたのだ。


 頬にキスされた日も、将来は一緒にパン屋さんを開こうとかいう意味の分からない約束を交わされた日も、エミリーさんの悪口を延々と聞かされた日も、この工程のおかげで正気を保つことができていた。


 ついに、明日だ。

 明日、ついにシン王子がこの世から消える。

\



 はずだった。


 その日、外部のパーティーに出席するはずだったエミリーが、先方の都合により帰ってきていた。

 それは良い。問題は、そのタイミングだった。


 13時28分。アイは普段はしない腕組みをしてシャンデリアに誘導していた。


 その光景をエミリーは、面白くないと感じた。

 私は日々仕事なのにどいつもこいつも。

 そう思い、一言文句を言いたくなる時は、人間誰しもある。


 アイがシン王子を歩いて誘導していた。

 エミリーは走ってアイ達の元へ向かった。

 その結果、エミリーが先にシャンデリアの真下に辿り着いてしまった。


 ガシャンッッッッッッッっっっっッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!


 人間の身体とは、苛烈な衝撃を与えられると破裂するのだと、アイは初めて知った。


 ドブンッッッ。


 エミリーの生命機能を支えていた血液や臓器が一気に出てきた。


「キャアアァァァァァァァァァァァ!!!」


 誰かが叫び声を上げているが、アイは声を発さないどころか、表情一つ変えなかった。


 人間、本当に絶望したら何の反応もできないのだ。

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