第48話 我慢の限界

「こんなこと言いたくないんだけど‥‥‥エミリーって怠いんだよね」


 学校は楽しい。前の世界で失敗した経験を踏まえて、余計なことを言わずにニコニコ話を聞いていた結果、女子グループに混ざることができた。


 みんな性格が良く、流行りのファッションやスイーツの情報を教えてくれた上に、実際にお店にも連れていってくれた。

 服もお菓子も、アイの好みには合わなかったが、同年代の女の子達とお喋りできるのが楽しくて仕方なかった。


 そんな楽しいことの1つに、エミリーを観察することも含まれている。

 彼女の側には、あからさまに甘い汁を吸おうと考えている浅はかな者共が群がっていた。


「エミリー様! 今日も素敵ですね!」

「ありがとう。貴女も髪型を変えたのね。似合っているわよ」


 雑な持ち上げ方をした同級生よりも、エミリーの方が人のことを良く見ている。アイはこういうところが好きだった。

 しかし、視線というのは強い威圧感を与えることはアイも知っている。あまり見過ぎないように心がけていたが、たぶんバレているだろうと自覚していた。

 本当なら、ずっと見ていたい。


 そのくらい好きなエミリーの悪口を、目の前の男は言う。


「そう‥‥‥なんですか」

「うん。もっと肩の力を抜けば良いのにさ。この国の未来だとか国民の幸せとか。話しててつまらないんだよね」

「へぇ‥‥‥(貴方の話の方が10000000倍つまらないけどね)」


 必死で本音を噛み殺す。


「もうさ。将来エミリーと結婚しなきゃいけないと思うと絶望するよ。王族として生まれるのも良いことばかりじゃないよ」


 前髪をかきあげて目を強く閉じる。


「大変ですねぇ‥‥‥(キモッ)」


 昨日は、カナタと青春ラブコメをしていたのに、今はこんな痛い奴と話している。高低差がすごくて酔いそうになる。


「あ。もうこんな時間だ。これからエミリーとの会食しなくちゃいけないんだ。あーあ。もっとアイと話していたいなぁ」

「ハハ‥‥‥頑張って下さいね」

「ありがと」


 グッと拳を出してくるシン王子。無視したくて仕方なかったが、アイも笑顔で手を拳を突き出す。


 コツンッ。


「また明日!」


 どこまでも痛い。こういう振る舞いが変だということを教えてあげたい気もするが、どうせ殺すのだからどうでもいい。

 エミリーさんの悪口を言う男は、できるだけ苦しんで死んでもらおう。




 その前に、カナタが死んだ。


 それを知ったのは、新聞のようなもので知った。日本での新聞というよりは、ニューヨークとかのオシャレな新聞に近い。

 小さい社会面の記事には、こう記載されていた。


<5月23日。第1王子のシン・ウリエル様が若い女に刺されかける事件があった。幸いにもボディーガードの1人が庇い、王子には怪我はなく、今も健在に過ごされている>


 人間性のカケラも無い文章に吐きそうになる。


(人が1人死んだというのに、たったこれだけで終わり‥‥‥? ボディーガードという職業柄、いつかはあることなのかもしれないけど、こんなのあんまりだ。いや、私もこいつを殺そうとしているのだから、腹を立てるのは筋違いなのか? でも‥‥‥」


 しかし、あの不器用な男の子が稀に見せてくれた笑顔を思い出す。


(あの可愛い笑顔を、もう見れないのか‥‥‥)


「アァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァアァァァァアァァァアァァァァァァぁぁアァァァ!!!!!!!」


 理論も倫理もどうでもいい。ただ、爆発しそうな感情を吐き出した。

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