第46話 命の値段

「アイさん。少しだけ愚痴を聞いて頂けますか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。こんな話できるのアイさんしかいなくて‥‥‥」


 ボディーガードのカナタとおしゃべりする場所は、最初に声をかけた中庭のお昼休みの30分と決まっていた。


 身体が大きく、強面なので、アイは年上だとばかり思っていたが、実際の年齢は15歳とだという。

 アイの2個下である。


 その情報を知った時に「落ち着いた優しい女性」路線で行くことを決めた。まだガキなのに甘えることが許されないボディーガードなんて仕事に就いてしまったのだ。年上のお姉さんに甘えたい願望を持っている可能性が高い。


 そして、本格的に動く前に直接的なエロは使わないというルールを決めた。

 もちろん、エロがヒットすれば手っ取り早いのだが、失敗した時のリスクが高い。


 この真面目そうな男は、雇用主と繋がりがある女に色仕掛けしてきたことを上に報告するかもしれない。

 それが、あのクズの耳に入ってみんしゃい。性に奔放なくせに独占欲も強いあの男のことだ。絶対に碌なことにならない。


 よって、甘酸っぱいタイプのコミュニケーションをとることにした。


 例えば、彼の右腕の筋肉を控えめな表情と声色で「その‥‥‥少しだけ触っても良いですか?」と言ってみたりした。現代日本の中学生なら秒で好きになること間違いなしの威力だ。


 まるで秘密で付き合っている恋人同士の蜜月のような時間の積み重ねによって、カナタは割と深めの仕事内容を漏らすようになっていた。


「ボディーガードって、クライアントの代わりに死ぬのが1番大事な仕事ってところがあるんです」

「大変ですね。務まる人は限られるでしょうね」

「ありがとうございます。そう言ってくれると救われます。‥‥‥まあ、そのことはギリギリ飲み込めんるんですよ。俺みたいな学のない奴を雇ってくれてるから。でも、デスルーツの額は納得行かないんです」


 デスルーツ。日本でいう保険金のようなものだ。


「30000ゼルです」

「‥‥‥ッ」


 冷静なお姉さんでいることを心がけているアイは動揺するレベルで、その額は低かった。

 30000ゼル。日本円で30万円ほど。

 カナタを含めて命懸けで働いている人達の価値を、この世界は30万円と決めたらしい。シン王子の5分で終わる性行3回分だ。


 愛国心のカケラも無かったアイだが、己が住んでいた日本という国が素晴らしい国だと思い知った。


「‥‥‥それは‥‥‥」


 気の利いたことを言いたいが、あまりの酷さに言葉が出てこない。


(マズイ。こんなことじゃカナタさんを取り込めない)


 もう、1分は黙ったままだ。覚悟を決めたとはいえ、所詮は陰キャかと思いかけたが、カナタは良い方に解釈してくれた。


「アイさんは本当に優しいですね。俺らなんかのことで、そんなにショックを受けてくれるなんて」


 どうやら、黙っているのを絶句していると受け取ったようだ。


「俺、アイさんが困ってたら絶対に助けますからね!」

「‥‥‥うん」


 心が綺麗が故の誤解を、アイは訂正しなかった。

 捨てたはずの良心の痛む音がした。

 

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