第41話 大変でしたね

「イテテ‥‥‥」


 さっきまではアドレナリンがドバドバ出ている状況だったので、痛みはあまり感じなかったが、落ち着いてきた今、痛みと痺れで歩くのにも一苦労だ。


「平気ですか?」


 エミリーが聞いてくる。こういう時、ほとんどの人は「大丈夫ですか?」という言い方をする。相手はちゃんと心配してくれているとは思うのだが、こう聞かれると「大丈夫」と答えるしかなくなる。


 対して「平気ですか?」は丁度いい。

 ちょっとした不調も報告してみようと思える力がある。


「なんか、歩きにくい‥‥‥」


 ひょこひょこと10歩くらい歩いてみる。


「ふむ‥‥‥」


 何やら考え込んでくれている。効果的な治療法を提案しているのだろうか。


「根性ですね!」

「‥‥‥」


 そうだ。この人はこういう人だった。

 生前から、己の努力のみで上り詰めていたエミリーにとってのポピュラーな治療法は「自然に治す」というものだ。

 まあ、現時点では、毒に対処する方法など存在しないのだから、その論法に従うしかない。


 そして、何よりも身体が死に近づいていることに快感を覚えた。


 ザコキャラとはいえ、モンスターと命のやり取りをしたのだという事実が自尊心を与えてくれた。

 どうせ、この世界で死ぬのだ。このくらいの毒を気にする意味もない。


「‥‥‥ふぅ」


 その場で胡座をかいて座る。毒蛇の血が飛び散っているが気にしない。


「待たせたね。諸々説明するよ」

\



「ふーん」


 私渾身の演説の感想は、そんなもんだった。

 30分くらいかけて、一生懸命喋った感想がそれだけってのは、ちょっと寂しい。

 なんとなく、気まずい時間を誤魔化すために髪を弄る。


「‥‥‥大変でしたね」


 ボソッと呟いたその言葉の意味が、咄嗟には理解できなかった。


「え?」

「いや、にゃーさん‥‥‥じゃなくて二階堂さん。大変だったんだねって思って」

「いやいや。エミリー達の方が、ずっと大変でしょ」


 現代日本という平和な人生を歩んできた私の苦労度なんか、彼女達と比べるのもおこがましい。


「‥‥‥? なんで不幸を比べる必要があるんですか?」


 そう言われて、自分の価値観が崩れて落ちる感覚に襲われた。


 小さい頃、苦手なピーマンを食べれない私に、よくお母さんが「アフリカの子供達は食べたくても食べれないのよ!」と怒られることがあった。

 そう言われると、食べないことがとんでもない悪行に思えてきて決死の覚悟で口に運んでいた。


 しかし、私がピーマンを食べたところで、アフリカの子供達が裕福になることはないのだ。本当に子供達のことを想うのなら、大量の物資を現地に届けるべきだ。


 母さんはそれをしない。そりゃそうだ。毎日の家事やパートで忙しいから。

 要するに、お母さんは食育の材料として「アフリカの子供」という強目の言葉を作っていただけだ。

 二階堂沙優とアフリカの子供達は関係ない。


 それと同じように、二階堂沙優とエミリー・サンドリアも違う。


「‥‥‥うん。大変だった」


 そう言葉にすることで、重い肩が少しだけ軽くなった気がした。

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