第37話 新たな参加者
「オシッコ出せば、ちょっとはマシになりますかね?」
「あー‥‥‥分かんないけど、確かめてみようか」
顔色の悪い愛佳先生と共にトイレに向かう。私も負けず劣らず酷い顔をしているだろう。もしかしたら、オシッコ以外のものも出す‥‥‥いや、戻してしまうかもしれないが、それはドーピングだろうか。
トイレまでのちょっとした移動もしんどい。
30歩くらいだったと思うが、1歩踏み出す度にお腹から「タプッ」と音がする。ついでにウンチも出しておこう。
しかし、みんな考えることは一緒らしい。
女子トイレには長蛇の列が続いていた。
こりゃ、長期戦を覚悟しておかなくては。
「沙優さん。しりとりしましょう」
「いいかもね」
世界一シンプルなゲームは、尿意と便意に耐える時間には丁度いいかもしれない。
「じゃあ、私から行きますね。<ジュース>」
「<スイカ>」
「<カラス>」
「<スイス>」
「<スペイン>」
「<ンガンダ>」
「<ングサ>」
愛佳先生がスペインと言った時点で、勝利を確信したのだが、聞き慣れない3文字を繰り出してきた。
「何? それ」
「アルジュリアにある地域です」
なんてこった。
「ん」から始まる言葉が無いという前提のしりとりのルールが、これで破壊された。絶対的なルールが覆されたことによる戸惑いと同時に、革命を目の当たりにした時のような高揚感もあった。
「地名系だと、他にもありますよ。<ンサ・ンガンジ・ンゼト>とか」
「そんなに!?」
裏技だと思っていたが、複数あるのかよ。
「えー‥‥‥じゃあ、このしりとり一生終わらないじゃん」
「私は良いですけどね。沙優さんとのしりとりて終わる人生でも」
「‥‥‥」
一体、この賢い神は私なんかに何故こんなに好意を寄せてくれるのだろう。BLを嗜む同性愛者だと言われても今更驚かないが、二階堂沙優個人には魅力なんて皆無に等しい。
愛佳先生には、私なんかよりも相応しい相手がいるはずだ。
しかし、こういう展開は漫画や小説で、それこそ腐るほど見てきた。自信の無い主人公には、己には気づかない魅力があり、いつの間にか周囲を虜にしてしまう物語。
もしかして、私はその物語の主人公なのだろうか。
オタク特有の気持ち悪い妄想だということは分かっている。でも、それ以外でこの状況を説明できるか?
そうだ。きっとそうだよ。これから本格的に私と愛佳先生のラブコメが始まるんだよ。
だとしたら、やることは1つ。
「愛佳先生って‥‥‥私のこと好きなの?」
そう聞かれた愛佳先生は嬉しそうに笑った。
本当に嬉しそうに笑う。あぁ。幸せだ。
あれ? でもこれって、好きな人と両想いになれたからする笑いか? そもそも、漢字が違う気がする。「笑う」ではなく「嗤う」だ。
「はぁ。良かった。ようやく心を許してくれた」
愛佳先生はスマホを取り出して、何やら操作をしながらそう言う。
「これでようやく、新しい要素を加えることができる」
瞬きをしただけだった。でも、それで充分だったのだろう。
今、目の前に広がる光景は、どう見てもコンセプトカフェではなかった。
「‥‥‥マジかぁ」
イマイチ、緊張感のないセリフが漏れる。もしかしたら、私は薄々この事態を想定していたのかもしれない。
そこは、画面越しで散々見たゴシック調のお城だった。
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