第35話 感性が死んでいる

「え!? 全話観てくれたんですか!?」


 汚いけど美味しいと評判のラーメン屋さんで、全乗せラーメンとミニ炒飯セットを待っている間に『空の恋人』の感想を伝えると嬉しがってくれた。


 人生で一度もお店でラーメンを食べたことがないと言うので、私の中で最も美味しいと思っているラーメン屋さんに連れてきた。


 しかし、外食すらも3年ぶりらしい愛佳先生が緊張している様子だったので、ほぐす意味でも「『空の恋人』面白かったよ」と切り出してみた。


「えー!? 何話まで観ました!」

「全話」


 そう答えた私は、若干のドヤ顔になっていたと思う。すぐに追いつけてスゴイねと褒めてもらいたい気持ちが抑えられないのだ。


「え!? 誰が推しですか?」

「うーん。みんな好きだけど主人公かな」


 言ってから、少し後悔する。漫画やアニメで主人公が1番好きと答えるのはダサい気がする。ここは、ちょっとマイナーなキャラにして「分かってる感」を出した方が良かったかもしれない。


「良いですね! シンプルに颯太君って答えるの大人って感じです!」


 ジェネレーションギャップという言葉を使うのは、人を世代で分けるので嫌なんだが、そう頭に浮かんでしまった。

 若いとか老いているとかで人間をカテゴリするのは、些か乱暴というものだろう。幾つになっても良い人は良い人だし、クズはクズのままだ。

 ちなみに、私もクズに含まれる。


 閑話休題。


 要するに、必死に愛佳先生に胡麻すりをする私の図である。


「じゃあ、コンセプトカフェを一緒に楽しめますね!」

「ね! 楽しみ」


 嬉しそうに話す愛佳先生に合わせるのは大変だ。

 声優のくせに感性が死んでいる私には、『空の恋人』は何の努力もしていない奴が、何故か良い奴に気に入られる展開についていけなかった。


 主人公は、部活もバイトもしていない男子高校生。

 優しいお母さんと、仕事熱心なお父さんの元で、何の苦労もなく過ごしていた。身体的,精神的病を抱えているわけでもないのに、何故かイライラしている主人公に全く共感できなかった。


 青春時代の理由のない衝動。みたいなものを表現していたのだろうが、「だったら部活なりバイトなりにそのエネルギーをぶつけろよ」と冷めた気持ちで見ていた。


 しかし、この主人公、顔が良いのだ。その顔に釣られたのか、サッカー部の部長を務めていて、友達も多い好青年に好かれてBLを展開していく。


 正直に言えば、不快だった。


 BLの素養はあるから、絡みのシーンに嫌悪感は無いのだ。しかし、自然と「無性の愛」を得ている主人公に狂おしいほどの嫉妬を覚えた。


 愛佳先生に好きなキャラを聞かれた時に、主人公と答えたのは、「嫌い」という強い感情が残り、逆に印象に残っていたからだ。


「じゃあ、明後日の日曜日、楽しみにしてますね!」

「うん!」


 あー。

 コンセプトカフェ、行きたくねー。

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