第34話 神の隣にいるために
「あの‥‥‥愛佳先生」
「あ! 沙優さん! お疲れ様です!」
ここ1週間くらいで、どんどん仲良くなっていき、もう名前で呼んでくれる仲になることができた。可愛い子に下の名前で呼ばれることに、ニヤニヤしそうだ。
特に、私以外に笑顔を向けないことがポイントだ。孤高の天才が自分にだけは心を許しているという事実に、己自身は大した人間ではないくせに誇らしげな気分になってくる。
おっと。いけない。
友達の多さを自慢する奴みたいになってしまっている。私は夢を追いかけて続ける覚悟も、諦める潔さもない中途半端な人間なんだ。本物と比べること自体がおこがましい。
「どうしました!? あ! 『空の恋人』のコンセプトカフェに行けるようになりましたか!?」
「あ。えっと、うん」
「やったー! ライザくんのコースター出るまで付き合って下さいよ!」
予定を照らし合わせている間、ずっとヘラヘラしていた。楽しい気分でいてくれている愛佳先生に心配をかけたくなかったからだ。
「じゃあ、楽しみにしてますね!」
「うん。じゃあ、またね」
「はい!」
わざわざ、ドアまできて私を見送ってくれる優しい愛佳先生。私も笑顔で退室する。
「‥‥‥ふう」
執筆部屋は、作家先生方に集中して頂くために防音機能になっている。だから、そこそこデカいため息も聞こえる心配は無いだろう。
フラフラと録音ブースに戻る。
あんな優しい神様に、私の自己満足に付き合わせられないよ。
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仕事が終わり、家に帰ってご飯を食べた後、サブスクで何を観ようかデジタル世界を彷徨うこと30分。それだけの時間があっても何を観るかを決められずにいた。膨大な数の作品に圧倒されてしまい、「君に決めた!」という境地に行き着けない。
昼間に愛佳さんに話を振ることすらできなかったことといい、私は優柔不断なんだ。
こりゃイカンと別のことをすることにした。
しかし、お皿は拭き終わっていたし、明日の準備もできていた。
やることが無い‥‥‥。
まだ22時だけど寝てしまおうか。でもなぁ、仕事してご飯食べて寝るだけの日々っていうのもなぁ。
<『空の恋人』めっちゃ面白いですよ!>
ふと、愛佳先生が興奮して語っている時を思い出した。
<特にライザ君が格好よくて! この子です!>
スマホの待ち受け画面まで、ライザ君にしていたのに驚いたけど、推しってそういうものだと思い出して、そう珍しくはないと考え直した。
本来、推されたくて声優になったはずなのに、その行動原理すら忘れるとは。
終わってるなぁ。
「‥‥‥」
マズイ。
このままだと鬱タイムに突入する。何か行動しないと。
再び、サブスクのアプリを機能させて『空の恋人』と検索する。
せめて、崇めている神の好きなものを知る努力くらいはしよう。
エンタメ作品を観るのを「努力」と思ってしまう自分への嫌悪感を必死で無視して、青春アニメの第1話を再生した。
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