第31話 ルカ・ハーベルトの誕生

 暴力が許される場所。


 案内役のキツネの人形、コンさんにゲームの説明を受けて頭に浮かんだのは、そんな感想だった。

 前世での最後の記憶は、暴力を振るう圧倒的な快感。

 アレを悪役令嬢って人にはしても良いと、コンさんは断言してくれた。


「わーい!」

「うんうん。無邪気な良いキャラだね」


 手を上げて喜ぶわたしに、コンさんは満足げに頷いている。何が嬉しいか分からないけど、可愛いからいいや。


「あ。あと、丸坊主だと客が引くから、髪は元に戻しておいたよ」

「え!?」


 慌てて頭部を確認する。


 ファサッ。


 その音で心と共に失ったはずの愛おしい髪が、確かに生えていることを知る。素晴らしい触り心地は肩まで続いた。


「あり、あ、あ、ありが‥‥‥」

「いいよ。ゆっくりで」


 突然の幸運に脳も身体も追いつかないためか、声を発することもできないでいる情けないわたしを、コンさんは優しく待ってくれた。


「‥‥‥ハァ、ハァ‥‥‥ハァ」


 少しずつ、過呼吸が治ってくる。息をしっかり吸い込み、酸素を摂取する。


 あぁ。生きてる。

 死後の世界で、そう感じた。


 可笑しなことを言っているのは分かっている。でも、あの男の弄ばれていた時期に比べれば、今の方がよっぽど生きている実感がある。


「‥‥‥ありがとう」

「どういたしまして。でも、もしルカが生き残ることができたら、その決定をした人にもお礼を言ってあげて」

「‥‥‥うん」


 コンさんの上司だろうか。


「‥‥‥」


 不思議だ。

 会ったことも、男性か女性かも分からないのに、恋心を抱いている。

 どんな見た目でも構わない。髪を再生した理由に善性が無かろうがどうでもいい。


「分かった。絶対に言う。その人にお礼を言う」


 それが、生まれ変わったわたしの人生最重要事項となった。

\



「ちょっ、マッ」

「アッハ! アッハ!!」


 1人目のお姉ちゃんを馬乗りになって殴っている時に気づいたのは、綺麗な顔を傷や唾液で汚すことに興奮することだった。


 そのお姉ちゃんは、13歳くらいの金髪がよく似合う派手な顔をしていて、実にわたし好みな美少女だった。

 一発殴る度に、芸術品のような顔が醜くなってくる。


 たまらない。

 性的な快楽にも似た感覚に身体を震わせていると、お姉ちゃんは、わたしの右腕に噛みついてきた。


「ヴぅぃ!! おぁぅゔ!!!」

「‥‥‥」


 ごめんなさい。


 先程、醜くなってくるとか言ってしまったけど、適正させてほしい。

 血とアザだらけの顔で、必死にわたしの腕を噛みちぎろうとしている、殺そうとしている彼女は美しかった。


 ゾクゾクゾクッッッッ!


 一方的に殴っていた時とは比べ物にならないほどの快感がわたしを襲った。おかしくなる。もうとっくにおかしくなっているのに、さらにおかしくなる。


「お姉ちゃん!!! 大好き!!!!!」


 それは、初めての愛の告白だった。

\



 初恋相手は、元の顔がどんなものか忘れてしまうくらいに潰れていた。

 もう、ピクリとも動かない。


「‥‥‥もっと」


 フラフラと立ち上がり、次に愛し合えるお姉ちゃんを探しに城を徘徊する。

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