第29話 着せ替え人形

「可愛いなぁ。可愛いなぁ」


 そう繰り返して、男はわたしに様々な服を着せた。


 そのほとんどは見たことがない服だった。

 最初に着せられたのは、セイフクとかいう黒い服。

 これは普通に可愛かった。黒をベースにしたデザインも悪くない。スカートが短いのが気になったくらいだ。


 次に、ナースフク。

 真っ白のなその服で膝枕してくれと言われたが、断固として否定した。その汚い身なりを顧みて、まずは風呂に入ってこいと言い放ってやった。


 そして、ミコフク。

 不思議な魅力のある服だった。ミコってのがどういう存在なのか知らないけど、南町にある教会のシスターを思い出した。あんな感じの優しい女性なのだろうか。


「似合うよ似合うよ! 可愛いよぉ!」


 そう煽てられるのは悪い気はしなかった。何だったら、少し気持ちよく感じていたかもしれない。こんな男でも、褒められるのは嬉しいものだ。

 しかし、いくら美味しいとはいえ、ステーキを食べ続けたら胸焼けする。その法則は着せ替え遊びにも適応された。


「次はミニスカポリス!」

「次はウェイトレス!」

「次はキモノ!」

「次はスクミズ!」

「次はバニーガール!」


 何時間経ったのだろう。100時間以上な気もするし、10分も経っていないような気もする。あまりにも同じことを繰り返すので、時間の感覚が馬鹿になってくる。


 1つ服をぬぐ度に部屋から出ていき、次の服を持ってくる。その間、わたしは裸で過ごすことになるのだが、羞恥心は何処かに行ってしまうくらいに、気持ちが参っていた。


 ふと、無間地獄という言葉が浮かんだ。

 気づいていないだけで、わたしはとうの昔に死んでいて永遠に着せ替え人形をやらされるような、変な地獄に堕ちてしまったのではないか。


「じゃあ、これが最後ね!」


 妄想は、この言葉によって否定される。地獄ではなく、現実世界の出来事なのだと突き詰められる。

 せめて、何か超常的な力が働いた結果だと思い込めれば楽だったが、こいつは人間だ。わたしの人生に狂人が絡んできたことを認めざるを得ない。


「最後はねぇ、君に1番着てもらいたかった服なんだー」


 棒読みのように、そう言って部屋を出ていく男。


 もう、何でもいい。

 この異常な時間が終わるのなら、紐と大差ない下着でも何でもいい。


「じゃーん!」


 ところで、人が何でもいいと言う時は、本当に何でもいいわけではないのだと思うんだ。その人の許容範囲内のものを「何でも」と言っているのだ。


 今までの服は見たこともないものばかりだったが、これは知っている。

 大昔に、問題になっていた我が国の黒歴史。


「絶対似合うよ! 今日からこれで過ごしてね!」


 それは、奴隷服だった。

 

 

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