第28話 変な誘拐犯

[ルカ・クラベル]

 誘拐の成功率って、どれくらいか知ってる?

 私の国では2%未満だった。それを聞いたわたしは「カンケーないや!」とたかを括っていた。


 お母様もお父様は優しい方で、使用人もわたしを可愛がってくれた。何不自由ない暮らしを謳歌する毎日。


 勝ち組。


 どこでその言葉を覚えたのか忘れたけど、わたしはそれに値すると理解していた。

 しかし、「勝ち組」があるということは「負け組」があるということ。

 たまに街に出た時に、路上に座り込んでいる男性がたくさんいたことに、初めてホームレスの存在を知った。

 年中寒いわたしの国で、今にもちぎれてしまいそうな、ボロボロの服を着て俯いている彼らを助けてあげたくなった。


「ねえ。お母様。あの人達にお洋服プレゼントしてあげようよ」

「ダメよ」


 さっきも言ったけど、お母様は優しい方だ。だから、一考の余地も無く断られる予想を全くしていなかった。

 変わらずニコニコしているけど、有無を言わせない怖さがあった。

 この経験で、どうやら「負け犬」とはあの時のおじさん達のことを言うのだと学習した。

 その数年後、わたしは「負け犬」に誘拐されることになる。



\

「大人しくしてくれたら、痛い思いしないで済むからね」


 そう言って、汚い格好をした40代半ばの男は去っていった。

 優しい口調だったが、私が変な動きをしたら暴力を振るうと宣言したようなものだ。


 辺りを見渡す。

 汚い椅子と机以外には何も無い上に、我が家のペット犬のパラダイスの小屋ほどしかない広さ。


「こんなところでジッとしてなきゃいけないの‥‥‥?」


 遊びたい盛りのわたしは、震えた声でそう言った。

 誰にも聞こえてないのに。

\



「キャァぃァぃァぅィィァぅィィアァぅィ!!!!!」


 時計すら無い部屋で長時間過ごしていると、ストレスが溜まって仕方がない。唯一の発散方法は奇声をあげることだ。


「‥‥‥はぁ」


 その直後にため息をつく。

 何も反応が無いというのは、虚しい。

 やることがないので、目を閉じるがちっとも眠気はこない。ただ横になるだけの無為な時間が流れる。


「‥‥‥あれから、どれくらい経ったんだろう?」

「5日と21時間36分14秒だね」


 ドアが開き、わたしの疑問に答える誘拐犯の男。

 以前見た時と同じ服ど。大して寒くないのに茶色いコートを着ているのは、もしかしてこれしか持っていないのか? 


 また、具体的すぎるその時間に焦りが募る。時間とは刻一刻と過ぎるという当たり前のことを突き立てられた気分だ。その限りある時間を、わたしはこんな部屋で過ごしている。


「そう。で、お父様と身代金の相談は終わったの?」


 少しでも無駄な時間を省こうと、直球の質問をする。


「え? 身代金? そんなの要らないよ」


 しかし、この男は開き直る。ストレスが限界に近いわたしは令嬢らしがらぬドスの効いた声で叫ぶ。


「はあ!? 違うんなら、こんな汚い部屋にわたしを閉じ込める理由はなんなのよ!?」

「君と一緒にいたいからだよ」

「‥‥‥」


 くだらない嘘に声を出すのも面倒になる。家柄抜きでわたしに価値を見出す人間などいるはずがない。

 みんな、わたしと一緒にいたら何らかの得があるから一緒にいてくれる。尊敬すべきお父様とお母様を見ていて、自分が如何に無価値な人間なのか思い知らされた。

 わたしみたいな普通の人間は、誰にも愛されない。そのはずなんだ。


「一目惚れなんだ。君を独り占めするために、ここにきてもらった」


 そんなトンチンカンなことを言う男の目は、嘘をついているにしては輝きすぎていた。

 変な奴。

 

 

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