第23話 芋女との思い出

「ここです」


 深夜3時にシーフに連れていかれたのは、離れにあるうんと古い木の建物だった。

 この国では木造建築が珍しい。貴族も国民も9割9分はクイーンアン様式だ。残りの変わり者だけが木造建築の建物に住んでいる。


 サラちゃんの話をシーフに伝えたら、ずっと昔に家事が起きたとされる、この小屋に連れてきてくれたのだ。


「私がメイド長になった日に、ご主人様から不幸な事故で全焼してしまったけれど、有志の方々によって立て直したものだと教えてくれました」


 不幸な事故ねぇ。

 シーフのご主人様、つまり私のお父様は守るものが多い方だ。不都合な歴史をそう誤魔化すことくらいはするだろう。


「入っていいの?」

「はい。大丈夫ですよ」


 なんとなく、不用意に近づいてはいけない雰囲気を感じていたので、今まで入ったことがなかった。 まあ、何度か窓から意味もなく眺める程度だ。


 そんな不思議な魅力のある建物に入ることが許され、少しだけ大人になれた気がした。


 先にシーフが入り、玄関で靴を脱いだ。


「え?」

「こういう建物では靴を脱ぐことが、基本的な礼儀なようです」


 ヘンテコなルールに好奇心が疼く。


「なんで?」

「確か‥‥‥汚れるからだったと記憶しております」

「へぇ‥‥‥!」


 そんなこと、考えたこともなかった。

 靴という足を守ってくれるアイテムを礼儀のために手放すとは、なんて厳かな文化なんだ。


 郷に入っては郷に従え。

 当時は知らなかったそのことわざは、誰に教わったのだったか。


 そうだ。芋女だ。


 私からアレを奪い去った女は、突然学園にやってきた。


 あからさまに緊張して転校生としての自己紹介をする芋女を、私は応援してしまった。その後、私の努力を水の泡にする悪魔とも知らずに。


 その時に、ニッポンとかいう聞いたことのない国から来たと言っていた。

 馬鹿なりに国を統治しようとしていた私は、どんなに小さな国の名前も覚えていた。しかし、ニッポンなんて国は知らない。いや、存在しない。

 最初は、芋女が自ら創り出した想像上の国なのかと思っていたが、変にディテールが細かかった。


「みかんといえばコタツだよねぇ」


 あれは、家庭内園をしているクラスメイトが、たくさんのみかんを差し入れしてくれた時だったか。 

 アホ面で食べていた芋女がそんなことを言い出したのだ。


「コタツって何?」


 出会ったばかりの頃はこんな他愛のない話もしていたのだ。アレと恋仲にさえならなければ、友達になれていたかもしれない。


「布団のすごい版!」


 その後の芋女の説明はわかりづらかったのが、要するにテーブルと温かい布団が合わさった優秀な暖房器具だ。

 そのコタツが、その小屋にあった。


「何これ」

「ただの布団です。早く次に行きましょう。お嬢様が知る必要は無いものです」


 いかにも触れたくない空気を出すシーフ。

 真面目なシーフが嫌がるものといえば、下品なものだ。


 ギャンブルや女遊びを何よりも毛嫌いするシーフ。しかし、そういったものは人生を壊すくらいの力がある。私はとにかく力に憧れがあるので昔から興味が尽きない。


「でも、シーフよく[若いうちから色々なものに触れておくと良いですよ」って言ってるじゃん。このよく分かんない布団もどきに潜ってみるのも、勉強になるんじゃない?」

「ゔ‥‥‥」


 馬鹿なくせに言い訳だけは得意なガキに、ぐうの音も出ない‥‥‥いや、「ゔ」は出たのか。とにかくシーフは言い返せない様子だった。


 その隙を逃すものかと素早くコタツに潜り込む。何かのコードが繋がっており、「ON」と「OFF」と書いてあった。迷わずONにする。



\

「人をダメにする魔窟」と芋女が表現していたのを大袈裟だと思っていた。しかし、すっかり忘れていたコタツの心地にはピッタリな表現だと言わざるを得ない。


「私、今日はここで過ごすー」

「お嬢様! お嬢様! 調査の途中です!」


 何故なら、5分もかからず私をダメ人間にしたのだから。

 

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