第21話 根本的に馬鹿な私
もっと、背後に気配を感じて振り返ったら血まみれの女が立っていたとか、分かりやすい怪談を聞きたかった。でも、現実的な性格のシーフらしい話も面白い。
「じゃあ、この城でまっしろさんの噂は人間が意図的に流してるかもってこと?」
「断言はできませんが、幽霊説よりは信憑性が高いかと」
気分はゴーストバスターから探偵へと変わった。種類は違えど楽しいのは変わらない。
「はい。もうお話は終わりです。寝室へ戻りますよ」
私の手を握って部屋に戻そうとするシーフ。皺が目立つ手のひらは癖になる触り心地なので堪能しても良かったが、大人しく従うわけにはいかない。
暇な時間は心を蝕む。
この1週間で学んだ唯一の教訓だ。
決められた時間に決められたことをしなくてはいけない学校を億劫に思っていたが、今やあの日々すら愛おしい。私にタスクをくれ。
「でもね、シーフ。そんな幽霊の噂がどこからきてるのか知っておいて損は無いと思うの」
「‥‥‥まあ、一理ありますね」
完璧に近いシーフだが、唯一の隙が仕事熱心すぎるところだ。メイド長の立場から仕える主人にはもちろん、部下の職場環境を整えることにも全力で取り組んでいる。
基本的には長所なのだが、仕事を少しでも絡めれば巻き込むことができるチョロさにも伝わる。
「私もさ、いつもお世話になってるメイドさん達が変な噂で仕事しづらくなるのを防ぎたいんだよ」
「‥‥‥ちょっとだけですよ」
結局折れてしまうチョロさもあるところが、私がシーフに懐いていること理由の1つだ。
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「まずは情報収集ですね」
昨日のド深夜の談話室。シーフは紅茶をテーブルに置きながらそう言った。
シーフ自身はコーヒーを飲んでいる。しかも、ブラックだ。幼少期の頃はブラックコーヒーを飲んでいる大人は漏れなく格好よく感じていた。
あんな苦い飲み物を美味しそうに飲めるのが、大人の絶対条件だと思っていた。ちなみに、17歳現在でも砂糖無しでは飲むことはできていない。
20歳までにはブラックの良さを知りたいものだ。
「‥‥‥えっと、何か?」
ジロジロ見すぎてしまったらしい。
「あ。ごめん」
「私は別に良いのですが、落ち着かないと感じる人も多くいるので、気をつけた方が良いかと」
「うん」
説教とも言えない、ただのアドバイスが嬉しかった。
お母様の感覚は少しだけズレているし、他のメイド達は私を持ち上げてくれる。根本的に馬鹿な私にとって、変なことは変と教えてくれるシーフとの会話は貴重だった。
性格は歪んでいったが、常識的な立ち振る舞いができるようになれたのはシーフのおかげだ。
「お嬢様も私も、大まかなことしか知りません。このままでは捜査のしようがありません。なので、情報収集から始めましょう」
「分かった」
今思えば、この提案は退屈に殺されそうになっていた私への、シーフなりの気遣いだったのかもしれない。
そんな大人な対応を考えもしないガキな私は、「本このままシーフと朝まで冒険をしたかったなぁ」とか思ったが、探偵っぽい理屈に惹かれて素直を受け入れた。
「では、明日からにしましょう」
「分かった! おやすみ!」
こうして、シーフの巧みな誘導により結局はベッドへ戻る馬鹿な私であった。
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