第15話 オタクのトラウマ
神様なんてのが本当にいたとしたら、目の前の彼女のような存在に違いない。
せっせとパソコンに文章を入力する彼女は『地味な私が転生したら王子様がかまってくるんだけど!?』のスピンオフを書いている。
本編の前日譚だ。
主人公が転生してくる前のエミリー・サンドリアの日常を綴った物語だ。国の秩序を守れる貴族になるべく、日々鍛錬に励むエミリーは、剣術の稽古中に左腕に怪我をしてしまう。
美にも気を遣う彼女は様々な治療法を試みるが、正攻法では効果が薄い。そんな中、メイド達の噂話を耳にする。
「このお城の秘密の部屋には、どんな傷も癒す万能薬があるんだって」
強い女であり続けるためのエミリーの小さな冒険が始まる! ‥‥‥みたいな話。
ここまで考えることは簡単だ。難しいのはこのアイデアを物語として形にするのは難しい。
しかし、この人はサクッとやり遂げてしまうのだ。
パソコンの画面に文字列という名の物語が生まれていく場面に立ち合うのは、イマイチ現実感がない。まるで神が遊んでいるのを見ているような浮遊感の方が強い。
これが、0からものを生み出すプロの技か。
\
「はい。できました」
時計を見ると、2時間ほど経っていた。
映画が1本観れる間、私はただひたすら執筆する愛佳先生を見つめていた。
出来たてホヤホヤの原稿を受け取る。印刷されたばかりの紙特有の温かみから、生命を感じてしまったのは大げさだろうか。
「読んでいいの?」
「もちろんです!」
小学生の頃からラノベを嗜んでいる私は、世界で最も早く原稿を読めることに震えた。
当時高校生だった私は、休み時間に人気者達の甲高い笑い声が自分を馬鹿にしているように聞こえるほどの拗らせ具合だった。
今でこそ、被害妄想であると分かるがあの頃は本気でそう思い込んでいた。受験に失敗した私は、その地域では底辺の学校で友達作りに盛大に失敗して、順調に根暗ボッチになっていった。
そんな、自業自得な自意識過剰な馬鹿の味方は、当時は日陰に追いやられていたオタク文化だった。
何かのオシャレ雑誌をパラパラ立ち読みしてみたら、「モテない趣味ランキング」とかいう、上から目線が過ぎる企画が目に留まった。
ここに、TOP3を発表します。
1位 ギャンブル
2位 オタク
3位 夜のお店通い
オタクってなんだ。ゲームやアニメ、漫画などを総称してそう言ってんのか。
あと、すごいのに挟まれているな。どちらも魅力は理解できるがパートナーに影響を与えてしまうことも分かる。
このランキングを見た時、世間がオタクを下に見ていることが痛いほど理解した。
それからは、外でラノベを読む時は必ずカバーをしていた。見つかったら、ラノベをエロ本と呼ぶ、意味の分からないイジリを受けるに決まっている。
今でこそ、深夜アニメが広く伝わり市民権を得たが、若い頃の感覚が抜けきれないでいる。
しかし、この原稿を読み終わり、そんなことは今日で終わりにしようと決意した。
こんな素晴らしい仕事をした人の作品を隠す必要なんて、どこにもないと気づいたから。
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