第16話 複雑な感情

[エミリー・サンドリア]


 どんなジャンルでも、慣れ始めてからが危ない。

 何でも2回目は楽だ。さらに回数を重ねていけば、緊張感は薄まっていく。

 それは、デスゲームでも例外ではなかったようで、殺し合いに特別な感情が芽生えることはなかった。


「イヤ!!! 何でもするから許して!!!!!」


 10回目の殺し合ともなると、他プレイヤーに命乞いをされても罪悪感も無く、淡々と心臓にナイフを刺した。


「ぁ、ぁあっぁ‥‥‥!」


 致命傷を与えたはずだったが、プレイヤーは最後の力を振り絞って私の首を狙いにくる。

 武器も持っていないので、ダメージを負うリスクは99%無い。しかし、残りの1%で寝首をかかれるかもしれない。


 ズブリ。


 一矢報いられる前にハラワタにナイフを突き出した。


 今度は、ピクリとも動かなかった。

 一応、脈も動いていないことを確認する。‥‥‥うん。間違いなく死んでいる。

 さて、次にするべきことは、別の場所で殺し合いをしているユメの元へ向かうことだ。


 この冷徹さを自己分析するに、生き物を生き物として認識できていなくなってきたのだろうと思う。自分以外の人間にも人生があり、生きる目的があるという当たり前のことを忘れつつあるのだ。


 良い傾向だ。

 一々、感情が動いていてはキリがない。効率良く作業を進める上で感情ほど邪魔なものはない。

 心ではなく、身体を動かす殺人マシーンになりつつある。結果を出すには、こういうマインドになった方が良い結果が出る。


 しかし、まだ潜り込みが足りない。

 もっと深く、集中という名の海に潜り込め。

 今はまだ、自分の感情が薄まっていると自覚ができているレベルだ。本当のマシーンはそんなことを考えない。


「まだまだだな」


 ひとりごとを呟きつつ、ダラダラと移動する。

 私よりも10段階は狂っているユメのことだ。私の助けなんぞ必要ないだろうと思ったからである。


 良く言えば信頼。逆に悪く言えば怠惰な行動に、私は後悔することになる。

 後1分でも早く到着していれば、あんな気持ちにならなくて済んだかもしれなかったから。

\



 上には上がいる。

 凄いと思っていた人も、広い世界を知ってから見ると、井の中の蛙だったことを知る。


 小学部の先生を当時は尊敬していたが、ある程度成長してから振る舞いを思い出すと、「‥‥‥それほど凄い人ではなかったなぁ」となってしまった経験がある人は一定数いるだろう。


 ユメが小さな女の子にボコボコに殴られている光景を見ながら、何とも言えない寂しさに似た気持ちを味わっていた。


「アハ! アハ!! お姉ちゃん!!! もっと遊ぼうよー!!!」

「うるせぇ!!!」


 見たままを述べよう。

 ユメに馬乗りになった120㎝くらいの女の子が、はしゃいだ声をあげながら顔を殴っている。

 ユメも必死に防御をしているが、女の子のホールドの力が強すぎて全く反撃できていない。


 何だか、イマイチ緊張感が無い光景だった。


「よし! じゃあ今度はお姉ちゃんが攻撃してきて!」


 どこからどう見ても優勢だったのに、ユメを解放して笑顔でそう言う女の子。


「‥‥‥」


 完全に遊ばれていることに頭に血が昇っているいるユメに声をかけるのに、少し面倒臭く感じてしまった。

 さっきまでの私、ものすごく調子に乗ってだんだなぁ。

 まだまだ、こんな複雑な感情を抱えているのだから。

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