第10話 生命を喰らう
(エミリーちゃんも誘ってみる?)
(うーん。でも、お母さんが怪我とかさせたらシャレにならないから、外の遊びには誘うなって言ってたし‥‥‥)
仲良しだと思っていた子達のコソコソ話を聞いてしまった時を思い出す。
小等部の女子トイレで用を足していたら、ドアの外で聞き慣れた声が聞こえてきた。
思えば、おままごとやお人形遊びなどばかりで、鬼ごっことかはしていなかったと気づく。
あぁ。気を遣われていたんだ。
その事実に、泣きそうになった。いや、格好つけた。実際に泣いた。
外でどろんこになって走り回るのに、私の顔色を伺う。
そんな面倒くさいことを、この子達にさせてしまっていたのか。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)
5歳の私は、ブツブツと謝罪の言葉を繰り返す。
たぶん、あの日からだ。
私が人間関係にドライになったのは。
だから、あの女が羨ましかった。
感情を思いっきりぶつけられるあの女‥‥‥正ヒロインが、自分の感情をそのまま表現することが、狂おしいほど羨ましかった。
「‥‥‥」
「あ! 馬肉は大丈夫ですか?」
「うん」
とっくに忘れていたはずの記憶を思い出したのは、馬を切り捌いている女のせいだろうか。
満身創痍で殺した馬。種族を超えた友情のようなものを感じていた私を嘲笑うかのように、女は馬を調理し始めた。
「結局は空腹で倒れた同士を何人も知っているので」
馬の内臓をグリンと取り出している最中に、女が言う。そのセリフに、少し仄暗いものを感じた。経験談だろうか。
丁度いい大きさに切った肉を、油がたっぷり入ったフライパンに入れていく。少しずつ美味しそうな匂いが強まっていく。
ちなみに、フライパンや火はにゃーさんとパンさんが提供してくれた。
「前に餓死した子がいて大炎上したからね!」とよく分からないことを言いながら、どこかへ消えたと思ったら調理器具をたんまり持ってきてくれたのだ。
グゥー
世界一、緊張感の無い音が私の腹から響いた。
この音を聞いたのは、いつ以来だろう。
いつでも栄養補給ができる環境にいたから、一定以上腹が減ることは少なかった。
火に炙られている馬の匂いに、食欲が刺激される。
「はい! できましたわよ!」
下品なくらいにステーキ醤油をつけた野生的な馬の丸焼きが目の前に現れる。
意味の分からない城に出現した、意味の分からない馬の肉だ。どんな病気を持っているか未知数だ。空腹なんかに負けるわけにはいかない。
「いただきます。パンさんとにゃーさんも食べますか?」
「良いのかい? 丁度お腹空いてだんだよ」
「わーい! 馬肉大好き!」
そう言って、馬肉を頬張る猫とパンダ。
この光景を、動物を神と崇めていた奴らには死んでも見せられないなと思う。
美味そうに食べるマスコット達によって、さらに空腹が酷くなる。
この場から離れようにも、全身が痛くて動けない。
匂いと咀嚼音によって、少しずつ意思が薄れていく。
「‥‥‥頑張って作ったのですが、ご無理をして食べなくてもよろしくてよ」
顔を埋めている私に、女が優しく語る。
(エミリーちゃんは、こんなの食べないよね)
かつての友人の声を思い出す。
あの子は、安い値段で買えるお菓子を食べていた。
(そ、そうだね。家に帰ったらシェフがもっと良いものを作ってくれてるから)
違う。本当は食べたかった。砂糖だらけの丸いお菓子に、幼い私は興味津々だった。
「アグっ」
気がつけば、私は馬肉を大口を開けてかぶりついていた。
「‥‥‥美味しい」
それは、今まで食べてきた、どんな高級料理より美味しかった。
「‥‥‥ハハ。ははは。美味しい。ハハ、美味しいよ」
どうしてだろう。美味しいのに涙が出る。
「良かったですわ。いっぱいありますからね」
情緒不安定な私を、女は馬鹿にしなかった。
もしかしたら、こいつは良い奴なのかもしれない。
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