第7話 ドMに本棚

[エミリー・サンドリア]


 地震が多い国に住んでいた。

 無駄に広い城で住んでいたわけだから、絵画や銅像、本棚などが落ちてくる現象は、人間という生き物のちっぽけさを思い知るには充分な恐怖だった。


 私も、結局はシャンデリアに押しつぶされて死んだのだ。人間の生活をより良くしようとして購入したものに押しつぶされて死ぬ。

 他の動物では考えられない、マヌケな死に際だ。


 ズドンッッッ。


 重厚感に溢れた本棚が、金髪ロールにのしかかる。

 倒れた本棚の端っこに、よく手入れされた手のひらが見えた。

 よし。完全に押しつぶされている。


 しかし、これで死んだと思うほど、楽観的にはなれない。この機に乗じて攻撃を叩き込む必要がある。


 ひょこっと出ている頭部を、思いっきり蹴り飛ばす。

 国民の間で流行っていた、ボールを蹴ってゴールまで運ぶ競技『ガルダス』を思い出す。たまに余興で見たことがあるだけだけど、実はやりたかったんだよね。


 蹴るという、普通は野蛮と言われる行為がスポーツのルールによって正当化される。非常に心が躍ったが、立場上、汗に塗れて運動しているところは見せづらかったので断念していた。

 しかし、今は気にする要素は無い。

 ボールではなく人間の頭なのが気に食わないが、ずっとやりたかったガルダスができる喜びをそのまま頭にぶつける。


 ゴンっ、ゴッっ、ゴッ。


 楽しい。


 やっぱり蹴る上では丸いものに限る。この邪魔な胴体を引きちぎれば、国民が使っていたボールと似たような形状になりそうだ。

 よし。首が千切れるまで蹴り続けよう。

 そう決めて、今まで以上に強くキックを入れようとした時だった。


「‥‥‥もっと」


 人間以上、ボール未満から声が聞こえた。


「あぁ。良い。もっと強く蹴って下さい! わたくしの首が吹っ飛ぶくらいに!! あ、踏みつけるのも良いですね。申し訳ございませんが、こう、頭部をグリグリして頂けませんでしょうか? また、新たな扉を開きそうです! ちなみに、履いておられる靴はどういったものですか? ハイヒールとかだったら最高なのですが‥‥‥」


「‥‥‥」


 こういう人種を何と呼ぶのか、私は知っている。


 マゾだ。


 しかし、噂に聞く程度の知識しかなく、実際に目の当たりにするのは初めてだ。しかも、この女は超弩級のドMとみた。


 何だか、冷めてしまった。

 暴力とは、嫌がっている奴を相手にするから興味深いのであって、自ら望んで蹴られたがっている奴を蹴り続けるのはダルい。

 立っているのも面倒になる。床にドカンと座った。

 セックスに挑もうとしたらお母様が部屋に入ってきたアレの気持ちが、今なら分かる。


 まだ、意味の分からないことを女は言い続けていた。

 静かにしてほしいが、止む気配がしない。

 本棚を退かしてやったら、少しは静かになるだろうか。


 私はせっせと自分の身長を優に超える本棚を起こした。

 何でも準備より片付けの方が骨が折れることの、分かりやすい例として、「ドMに本棚」という諺はどうだろうか。


「え? どうしたんですか?」


 命の危機から脱したというのに、女に喜びの感情は一切無い。あるのは困惑だけだった。

 どう答えたものかと考えるのも面倒くさい。自分の口に任せることにした。


「協力プレイしようと思って」


 

 

 

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