第6話 グチャグチャな感情
[ユメ・クラマン]
格好いい女性だと思った。
まず、顔がいい。
顔つきには、その人の生き様が出るという持論がある。
この話をするとよく勘違いされるのだが、美醜のことではない。表情の話だ。
整った顔をしているが、笑顔が歪んでいる知り合いが、貴方にも何人かいるはずだ。私はそういう表情の人達に裏切られた。
人は見かけによらないというけど、あれは理想論だ。
その人の顔を見て「危険」だと感じたら、全力で距離をとった方が良い。
そんな持論のある私は、廊下であの女性を一目見た瞬間、開口一番こんなことを叫んでしまった。
「理想的ですわー!!!」
こんなゲームに参加していて警戒心100%で歩いていた女性は、私の狂言によって180%に上がった。
あの時の怪獣でも見るかのような目。
あぁ。身体が疼いてしまう。
前々から薄ら思っていたけど、確信する。
私は殿方より女の子の方が好きなんだ。
お母様からの計らいで、何人かの殿方と夜を共にしたことがあるけど、何が楽しいのかイマイチ分からなかった。でも、お母様も妹も、身の回りを世話をしてくれたメイドも、あの行為が好きらしかった。
賢く生きるコツは、多数派に所属すること。
そう考えた私は、必死で気持ちいいフリをして行為をし続けた。
早く終わらないかとしか思わなかったあの行為だが、この女性としてはしてみたい。
狂おしいほどに。
初めての劣情に自分がコントロールできずに、いきなり首を絞めてしまった。
整った顔が歪んでいく。あぁ、ごめんなさい。でも、もっと見せて。他の人には見せない、下品な顔をたくさん見せて。喜びも怒りも悲しみも憤りも嫉妬も期待も、全部私にちょうだい。私を愛して、私を憎んで。唾液が私の右手に垂れてくる。この世のどんな銘酒よりも美しい液体だ。そんな価値のあるものが、私の、私ごときの手に垂れている。幸せ。幸せ‥‥‥え? こんなに幸せでいいの? 絶対に後で不幸が待っている。もしかして、このまま死んじゃう?嫌だ。死なないで! でも、ご遺体になったらどんなに美しいだろう。私がこの人を殺す。なんて残酷で幸福なんだ。
「アハ、あはは‥‥‥」
感情がグチャグチャになり、笑みを浮かべながら涙を流す。人間は感情を複数抱えると表情が定まらなくなるらしい。
涙で視界がぼやけて、美しい人が見れない。
これはいけない。他の何が見えなっても構わないけれど、この人が見れなくなるのには耐えられない。
そう思い、目を拭ったのがいけなかった。
一瞬の隙をつき、私の手からするりと抜けていった彼女は、ものすごいスピードで走り去っていった。
「‥‥‥」
やっぱりいい。
あの状況でも、生き残ることを諦めていなかったのだ。
私は前の世界でギロチン台に固定された時点で諦めた。なんだったら、人生を降りれることにホッとしていた。
そんな情けない私と違って、あの人は生きることに貪欲だ。本気でゲームに取り組んでいる。
きっと、ああいう人が生き返るべきなんだ。私はそのお手伝いをさせて頂こう。
そう決心してからの足取りは、今までにないくらい軽かった。
あぁ。楽しい。
贅沢三昧が許される血族で暮らすことに、なんとも言えない不満を抱いていた理由が、今分かった。
私は、人にご奉仕することに幸福を感じるタイプだったのだ。仕えてくれていたメイドの子を羨ましいと思ったことが何度かあったことにも説明がつく。
自覚したところで、ご主人様‥‥‥いや、お嬢様の跡を追う。
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