第5話 尊い本棚

[エミリー・サンドレア]


 いけ好かない女だと思った。


 自信のなさを派手な見た目や口調にすることで誤魔化している。周りに愛想笑いを浮かべているが、本心では見下しているタイプに違いない。

 人を第一印象で決めるのは良くないことだとは分かっているが、どうにもイライラして分析が巧くいかない。


「‥‥‥ふぅ」


 ついため息を漏らしてしまう私だったが、となりのにゃーさんは息の音さえ聴こない。まるで本当のぬいぐるみに戻ったようだ。


 逃げ込んだ薄暗い部屋で首に手を伸ばす。先ほど思いっきり首を絞められた感覚がまだある。何の武器も使わずに私を圧倒したあの女は泣いていた。


 私が暴力に溺れる時は性的な快楽に似たものから、笑みが漏れる。しかし、あいつは逆だ。


 お酒を飲む時で考えれば分かりやすいか。

 私は笑い上戸で、奴は泣き上戸。


 泣きながら怪力が出せるのは異常だ。


 今持っている漆黒のナイフだけでは勝てない。何か新しい武器を見つけないと。

 薄暗い部屋を見渡す。


 背の高い本棚が立ち並ぶそこは、どうやら書斎のようだった。目測だけでも1000冊は余裕でありそうだ。


 お父様も書斎を持っていたが、疑問に思うことがあった。

 読書をしているのを見たことがないのだ。


 いつだったか、その本棚から何冊か読んだことがある。

 その本は綺麗すぎた。指紋やシミなどの誰かの読んだ形跡が一切無いほどに。


 お忙しい方だったから、読書の時間が取れないのには納得できるが、じゃあ、あの莫大な書物は何のためにあるのかと不思議だった。


 しかし、家族と離れた今は理解できる。

 マウントを取るためだけに使っていたのだ。


 文学を嗜めれる情緒などお父様には無かった。国王の仕事に追われる日々を送るあの人は、他人が書いた他人の人生の話に興味を持てなかった。でも、読書をしている知的な部分は見せておきたい。

 そのための書斎だ。


 人によってはダサいと思うだろうが、私はそんなお父様を愛らしく感じた。

 舐められないために、利用できるものは何でも利用してきたお父様をお母様や妹とは違い、私は尊敬している。


 その見栄のおかげで、私のような馬鹿でも文学の楽しさを知れたなだから、感謝しているくらいだ。

 暴徒と化した国民に追われるあの日々も、小説が私を励ましてくれた。


 ギッ、バタン。ギッ、バタン。ギッ、バタン。


 定期的に扉を開け閉めする音が聞こえる。


「どこですのー? 出てきて下さいましー!」


 こんな馬鹿みたいな口調の奴から隠れているのかと情けなくなる。何とか一矢報いたい。

 音と声から察するに、もう猶予は残り少ない。この部屋に突入するのに1分もかからないだろう。


「‥‥‥仕方ない」


 読書が大好きな身故、大変心苦しいが仕方ない。

 本棚で押し潰そう。


 1冊の本を書き上げる労力を想像する。自分を曝け出して、誤字脱字をチェックして、宗教などの問題がある内容ではないかと確かめて、発売日を決めて、書店に挨拶回りをして、発売にいたる。

 今、私の目の前にあるドデカい本棚は、そういった血も滲むような努力の末、生まれたものが何百冊も保管している。


 ギッ。

 扉が開く音と、人間の気配を感じた。


「‥‥‥ごめんね」


 私は自分の身可愛さに、尊い本棚をひっくり返した。


 

 

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