第1話 にゃーさん

 いつも、無意味なくらいに大きいベッドで目を覚ましていたから、床で寝ることでこんなに身体を痛めるとは知らなかった。


 しかし、バカでかいシャンデリアに押しつぶされた衝撃に比べたら、どうってことはない。さっさと起き上がる。


 さて、確実に死んだはずなのに、私は何故意識を保っているのだろう? 傷も一切ない綺麗な身体だ。


 少しでも情報を得るために周囲を見渡す。

 そこは、私の住んでいた城と似ていた。

 とにかく、何でもキラキラで大きい。

 私は、そんな家具や絵画が好きだった。気を大きくするためには必要な道具だったと思う。


 しかし、慣れ親しんだ城とは、確実に何かが違う。よく出来たレプリカのようなチープさを感じる。


 誰もいない廊下を進んでみる。

 私の知る、何時でも誰かしらが働いていた城では味わなかった不気味な雰囲気を感じる。

 このまま、誰にも会えないのではないかと心配になってきたところで、甲高い声が聞こえた。


「‥‥‥死んだと思ったかい?」


 声の出所を探るが、人間の姿は確認できない。


「ここだよー!」


 そう言って私の目の前にトコトコと現れた存在は小さすぎて、俯く体勢を取ることになった。

 それは、ネコさんのぬいぐるみだった。私の部屋に飾っていたぬいぐるみと似ている。というよりあのぬいぐるみだ。

 眠れない夜、私に寄り添ってくれた、にゃーさんだ。


「‥‥‥あ。これは失礼しました」

「あれ? 驚かないのかい?」

「お父様から、何が起きても冷静でいるように言われているので」

「そっかー」


 つぶらな瞳で私を見つめてくるにゃーさんを抱きしめたい衝動に駆られるが、自重する。どういう生物なのか見当もつかないのに接触するわけにはいかない。


「ちょっと残念だけど、そういう性格の方がこのゲームでは有利だから良いと思うよ! うん。クール枠。オッケーオッケー」

「‥‥‥ゲーム?」

「うん! これは乙女ゲームの正ヒロインに生まれ変われるゲームなんだ!」

\



 にゃーさんの説明は、分かりづらい上に長かった。

 30分ほど喋っていたが、要約するとこういうこと。


 ・私が生きていたのは乙女ゲームという遊戯の世界。

 ・生前、私に与えられたのは悪役令嬢という、どうあがいても18歳までには死ぬ役割だった。

 ・正ヒロインという役割に生まれ変わることができれば、今度は平和な人生を歩める。

 ・そのためには、他プレイヤー達との殺し合いを勝ち抜き、最後の1人となる必要がある。

 ・プレイヤー以外にも命を狙いにくる存在がいる。

 ・殺された場合、再利用は無く破棄される。

 ・制限時間は秘密。


 ふむ。


 言いたいことは腐るほどあるが、にゃーさんに言っても仕方がない。

 私が信じていた神様とは、全く違うタイプの創造主に会うことはできたら、ぶん殴ってやりたい衝動を抑えてから、簡単な質問をしてみる。


「‥‥‥にゃーさん。ゲームに勝ったら、そのセイサクシャ?ってのに会うことはできるの?」

「うん! 1番偉い方がエミリーに直接会いにきてくれるよ!」

「‥‥‥ふーん」


 全面的に信じることはできないが、今はにゃーさんしか情報源が無いから仕方がない。


「分かった。じゃあ」

「ごめんだけど、死んでくれる?」


 私のセリフを遮ったのは、にゃーさんではなかった。

 どことなく、私と似ている女の声。

 次の瞬間、真っ黒なナイフが私に向かって飛んできた。

 

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